生活保護世帯出身者の大学進学 ~教育の機会均等を守るために
大内裕和(武蔵大学教授)
新型コロナの影響が長期化することで、再び「生活保護」が注目されるようになりました。そこで今回は、生活保護世帯出身者の大学進学について考えてみたいと思います。
生活保護世帯の子は義務教育を修了し、就労可能な年齢(稼働年齢=15~64歳)となって働く能力もあれば、原則として就労して世帯を支えることが求められます。これは「勤労原則」「扶養原則」と呼ぶことができます。生活保護費を用いて高校・大学に進学することは認められておらず、それでも進学したい場合には「世帯分離」をすることが求められました。

世帯分離の目的は、生活保護の受給が認められない高校・大学等への進学者がいることで世帯全体が保護を受けられなくなるのを救済するため、進学する子だけ世帯から外して(同居は可)他の世帯員を保護することにあります。これによって生活保護は継続利用できますが、世帯分離をした子の分の生活保護費は削られることになります。1970年、高校進学については自立支援の観点から、世帯分離しないで進学する「世帯内就学」が認められるようになりましたが、大学等への進学では依然として世帯分離が必要とされています。
皆さんは生活保護世帯出身者の大学進学率がどれぐらいかご存じですか?
厚生労働省が2018年に公表した「生活保護世帯出身の大学生等の生活実態の調査・研究」の報告によると、生活保護世帯の子の大学等(大学・短期大学・専修学校・各種学校)への進学率は35.3%。これに対して、同年の文部科学省の「学校基本調査」によれば、全世帯の高等教育機関への進学率は81.5%です。ですから生活保護世帯出身者の大学等への進学率は、全世帯に比べて半分以下となっていることが分かります。
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この進学率の低さで第一に考えられるのは、経済的理由でしょう。日本の大学等の学費はとても高く、生活保護世帯では学費が支払い続けられないだろうというのは予想しやすいです。こうした問題を抱えているのは、生活保護世帯に限りません。家庭の経済力によって大学等への進学率に格差があることは、数多くの調査ですでに明らかにされています。
しかし、ここで注目していただきたいのは、生活保護世帯の子が大学に進学するために課せられる世帯分離による弊害です。例えば東京23区内に住む母子2人世帯の場合、子どもが大学進学するために世帯分離をすると、世帯分離前は月額約19万円だった生活保護費が約14万円にまで減額されます。これは世帯分離によって、母子2人の世帯から母親のみの単身世帯になるからです。大学に進学した子は生活保護から外れ、その分の生活扶助(食費や光熱水費)や医療扶助はなくなります。
生活保護制度は「最低生活保障」の制度だから、皆さんの中には「高校はともかく、大学進学まで保障する必要はないのではないか」と思われる人もいらっしゃるかも知れません。しかし生活保護世帯の子は、大学に進学したという理由で、それまで受け取ってきた自分のぶんの食費や水道光熱費などが保護費から削られます。また医療費もかかるようになるので、自ら保険料を支払って国民健康保険に入らなければならなくなります。
さらに自分が大学に進学することで、その世帯の生活保護費の総支給額が減少し、最低生活が保障されなくなる危険性も高まります。そうなると中には進学を諦める子も出てくるでしょう。これは大学への進学を希望する生活保護世帯出身者にとって、明らかな差別と言えるのではないでしょうか。
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世帯分離制度以外にもハードルは存在します。社会福祉学研究者である三宅雄大氏の著書『「縮減」される「就学機会」~生活保護制度と大学等就学』(生活書院、2021年)には、生活保護世帯の子が進路決定を行う際、養育者やケースワーカー(被保護者の生活指導を行う専門員)が知識・認識不足で十分な情報提供ができていない事例が紹介されています。また、養育者からケースワーカーへの相談がなかったり、逆にケースワーカーからの情報が不十分だったりなど、コミュニケーション不足の事例もあります。
生活保護世帯出身者が条件を満たして大学進学した場合、各種貸与金(日本学生支援機構の奨学金など)の収入認定除外や、生活保護費のやり繰りによる預貯金で就学費用を調達することが認められます。当人にも就学資金調達のための「限られた選択肢」が存在しています。しかしこの本にあるように、正確かつ十分な情報提供がなされないことによって、限られた選択肢を知ることなく「大学進学なんてどうせ無理だ」と思い込み、進学を諦めてしまうケースは少なくないでしょう。
生活保護世帯出身者は経済的困難に加えて、進学する上で情報不足の環境にも置かれていることが分かります。選択肢が限られているだけでなく、その選択肢を知る機会も奪われやすいことが、彼らの大学等進学率の低さをもたらしていると言えます。
生活保護世帯出身者と全世帯との大学等進学率の格差は非常に大きく、この格差は是正されるべきだと私は思います。ただし、ここで注意していただきたいことがあります。それは、貧困・低所得世帯の大学進学を支援する際にしばしば登場する、大学進学を「貧困脱出の手段」として位置付ける議論の問題点です。
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確かに大卒者は高卒者や中卒者と比べて正規雇用に就ける比率が高く、生涯賃金も大きく上回っていることは明らかです。また、大卒資格はさまざまな職業資格と結び付いていますから、大学進学が本人の進路選択の幅を広げることも明らかです。
しかし、生活保護世帯出身者の大学進学を支援する際に、それを貧困脱出の手段として位置付ける議論に私は反対です。本来、憲法25条で「生存権」を規定している日本社会において、貧困はすべての人にとって「あってはならない状態」です。高卒や中卒など大卒とは異なる選択をしても、貧困に追い込まれない社会をつくらなければいけません。
大学進学を貧困脱出の手段として位置付けることは、「高卒や中卒の人々が貧困であっても止むを得ない」という考え方を広げることにもつながりかねません。貧困を解決するためには、最低賃金の抜本的な上昇をはじめとする労働条件の改善と社会保障の充実こそが重要であって、大学進学をそのための手段とすることは間違っていると思います。
私が生活保護世帯出身者の大学等進学率の低さを問題にするのは、大学進学を貧困脱出のための手段と考えているからではありません。生活保護世帯出身者が大学等への進路を選択することが、他の世帯出身者と比べて明らかに不利な状態に置かれている事実を批判しているのです。憲法26条で「教育を受ける権利」が定められているのですから、どんな経済的状況の家庭で生まれたとしても、進学する機会は平等であるべきです。
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生活保護世帯出身者の大学進学を改善するためには、どんなことをすべきでしょうか。
まずは大学等進学者を世帯分離する制度の廃止が重要だと思います。生活保護世帯の子が大学に進学するだけで、保護費が減額されて残された家族の生活に支障が及んだり、被保護世帯を離れた途端に年金や健康保険料の支払いまで生じたりするのは明らかにおかしいと思います。
そうはいっても、最低生活の保障という原則から生活保護費で大学進学に関する学費までカバーするという考え方は無理があるでしょう。学費については、授業料の引き下げや給付型奨学金の拡充によって対処すべきです。
大学進学者の世帯分離制度を考える際には、これまでの歴史を振り返ることが大切です。先述したように生活保護制度では、被保護世帯の子が義務教育を修了すると稼働年齢に達した者として「稼働能力の活用」が求められます。その結果、戦後しばらくは高校進学についても世帯分離が必要とされ、生活保護を受けながら高校に行くことはできませんでした。
「高校生の世帯分離」は、その後に大きな変化が起こります。1960年代以降、高校進学率は急上昇し、70年に80%を上回りました。こうした進学率の上昇を背景に、政府は生活保護を受けながらでも高校へ進学できる「世帯内就学」を認めるようになりました。これは、生活保護の最低生活保障の範囲が、義務教育から高校教育へと拡大したことを意味しています。
冒頭でご紹介したように、2018年の全世帯の高等教育機関への進学率は81.5%に達しています。1970年の高校進学率とほぼ並んだわけですから、大学等進学者についても世帯分離を廃止し、世帯内就学を認める時期に来ていると思います。