私は2019年の後半から、政府が教育改革の目玉としている「大学入学共通テスト」への問題提起に取り組んでいます。連載第1回の「萩生田文科相『身の丈』発言が生み出した教育国会 」では、「英語民間試験活用」の実施「見送り」決定に続いて、「国語・数学の記述式問題」の実施「延期」の動きが起きているという状況までご紹介しました。
その後どうなったかというと、19年12月17日、萩生田光一文部科学大臣が「国語・数学の記述式出題」実施「見送り」を発表。これで「英語民間試験の活用」「国語・数学の記述式問題」という、2本柱が共に失われたことになりました。しかし議論は終わっていません。20年度に新しい大学入学共通テスト を実施するという政府の方針は変更されていないのです。
まず、国語・数学の記述式問題の実施が「見送り」になったことで、問題形式の大幅な変更が想定されます。適切な考査を実施するためには、21年1月の本試験までに記述式問題を除いた新たな試行調査(プレテスト)を実施する必要があるのですが、そうした手順を経て試験問題を作成する時間は残されていません。
試行調査(プレテスト)がなされない本試験は、その適格性が強く疑われます。私が代表を務める「入試改革を考える会」では現在、大学入学共通テストの20年度実施を延期して現行のセンター試験 の継続を決定することを求めており、まさにこの記事がリリースされる前日の1月20日、「大学入学共通テストの2020年度実施延期を求める緊急声明」を萩生田文科相に提出し記者会見を行う予定です。
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話変わって19年12月23日、萩生田文科相からまたもや問題発言が飛び出しました。それは、大学など高等教育の学費負担を減らす文部科学省の新たな修学支援制度(20年度から実施)において、従来の制度では支援を受けられたのに、新制度だと統一基準の見直しで対象外となってしまう新入生が出るのでは? という記者の質問に答えたものでした。
〈端境期にたまたまあの先輩はこういう家庭環境でこうだったのに俺はという不満がもしかしたらあるかもしれないです。これは制度の端境期なので是非ご理解いただいて、逆にこう手厚くですね、しっかりやっていきたいなと思っていますので、これは御理解いただくしかないと思っています。〉(文部科学省ホームページ「萩生田光一文部科学大臣記者会見録 」、令和元年12月23日)
これは驚くべき発言です。支援を受けられなくなる学生が出ることに対し、「制度の変更の時期なので我慢してください」と言っているに等しいからです。
ちなみに新制度とは19年の通常国会で成立した「大学等における修学の支援に関する法律」のことで、政府によって「高等教育無償化」法案と称されていました。もしかしたら、この新制度で大学などの学費が「全て無償となる」と思った人もいるかも知れません。しかし「高等教育無償化」というネーミングは全くのウソです。
なぜなら「大学等における修学の支援に関する法律」では、入学金・学費が全額免除されるのは、世帯年収が一定以下の家庭の子どもなど支援措置が必要な学生に限られているからです。制度が適用されるのは一部だけなのに、それを「無償化」と呼ぶのはおかしいでしょう。
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従来なら支援を受けられた新入生がなぜ20年度から対象外になるのか、疑問に思う人も多いのではないでしょうか。その原因は「大学等における修学の支援に関する法律」の中身にあります。
この法律では、学費免除の対象者を「住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯の学生」に限定しています。具体的には、ひとり親ではない4人家族の場合は、世帯年収380万円未満と限定しています。これまで国立大学が実施してきた学費の減免措置では、年収約470万円未満の世帯までが対象に含まれていました。つまり年収が380万円以上470万円未満の世帯の子どもは、新制度だと対象外になってしまうのです。
「大学等における修学の支援に関する法律」を成立させた背景には、近年の奨学金制度改革運動の盛り上がりへの対抗策という現政権側の意図がありました。中位所得層までも巻き込んだ形で社会問題として認識され始めた奨学金や学費への関心の高まりを、最小限の財政出動によって鎮静化させることが狙いにあったのです。
具体的には、一部の低所得層を無償化の対象とする「選別主義」をとることで学費や奨学金問題の矮小化を図ると同時に、低所得層に対する中位所得層の嫉妬をかきたて、低所得層と中位所得層の「分断」を促進。中位所得層においては高学費の負担が続くことから、高等教育の費用を学生とその親が負担する「受益者負担」の構造 は残り、それを支える大衆意識も継続するというものです。受益者負担の意識が継続する限り、教育費の「脱商品化」=「無償化」へ向けての社会的要求が高まることはありません。
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このように「大学等における修学の支援に関する法律」の狙いは、低所得層と中位所得層との連帯を断ち切り、分断を生み出すことで高等教育費の「受益者負担」への根本的批判を回避することにあったと見ることができます。20年度の新入生は、この分断政策の被害者となってしまったのです。
私自身も高校生の時に、自分の家庭が豊かではないことはよく分かっていましたから、学費の高い私立大学への進学は全く考えていませんでした。学費の安さや学費減免の制度があることを意識して、「進学するなら国公立大学」と考えて受験勉強を行い、入学後には授業料免除の制度を実際に利用することができました。それで自分の学生生活がどれだけ助かったか、30年以上たった今でも鮮明に覚えています。
学費減免措置があることを前提にして、国立大学を目指して勉強している受験生は今でも少なくありません。もしも彼らが合格後に学費減免措置の対象ではなくなることを知ったら、せっかく入学したのに十分に学ぶことができなかったり、大学への門戸すら閉ざされてしまったりする可能性も存在します。その場合、新制度による高等教育からの排除や教育機会の不平等が起きてしまうことになります。
「大学等における修学の支援に関する法律」が高等教育の「無償化」をうたったものではないことは、既にイミダスの時事オピニオン「『高等教育無償化』のウソ 」(19年8月16日)で論じました。それに加えて、これまで学費減免の対象となっていた学生たちが、「高等教育無償化」と称されていた制度によって優遇対象から外れるというのは彼らを「罠」にはめたと言っても過言ではないでしょう。
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この制度については現在、大きな社会 問題となっています。学生団体からも反対する声が上がっています。当然の訴えだと思います。
萩生田文科相の「端境期」発言は、国会の会期中ではなかったこともあり、「身の丈」発言ほどは報道されていません。