小説に書いたことは現実化する?
鴻池 「ミシンと金魚」めちゃくちゃ面白くて、僕この作品大好きなんです。
永井 ほんとですか? ありがとうございます。
鴻池 何がいいかと言うと、たくさんあるけど、まずひとつには主人公の「カケイさん」のキャラクターがいいんですよ。
永井 キャラクターのことは意識しました。赤塚不二夫が漫画はキャラクターが大事みたいなことを言っていたんです。
鴻池 へー、じゃあ、まず書くときは、キャラクターをカチッと決めて緻密に構築してから書き始める感じですか?
永井 実在するくらいに書き込んでいくと、人物が勝手に動き始めるんですよ。
鴻池 わかります。僕も書いていてそういうことあります。
永井 ありますよね。自分が生み出したキャラクターなんだけど、動かしていくと自分を超えてくる……。
鴻池 自分で操作しているというより、そのキャラクターが動いているのを見るというか。
永井 そうですね。横で見ながら書いている感じもあります。
鴻池 めちゃくちゃ生き生きしてますもんね。「カケイさん」は、認知症になっているおばあちゃんなんだけど、強い生命力があるんだよな。
永井 実は「ミシンと金魚」を書いているとき、私がコロナに罹って入院したんですね。退院してからは、なんだか「カケイさん」のほうが強くなっていて、ほんとに自動筆記のように書いていた感じもありました。
鴻池 描き方がすごく生き生きしていて、ハチャメチャなことが書かれているようでウソくさくないんですよ。
永井 彼女は、はっきりしたモデルはいないんですけど、私の知っている人の色んな「型」みたいなものの集合体でできている人物なんです。本当のことを書いたらヤバいというか、もっと雑多なものを書き込みたいんだけど……。
鴻池 小説ってすごい小さい箱に無理やり情報とかを押し込める作業なんですよね。僕ら小説家は色んな情報を膨大に持っているんだけど、それを全部詰め込むと、キャラクターの一貫性が無くなったりして、読者が読みにくくなる。だから、ある人物を「型」のようにキャラクターに押し込めて、小説用に加工してるんですよね。
永井 すごくわかりやすく圧縮してますね。
鴻池 そうなんですよね。
永井 そうやって、「現実」を圧縮して書いているんだけど、書いたことが「現実」になることがあるんです。
鴻池 あります!
永井 この「ミシンと金魚」は、「カケイさん」という独居の女性の高齢者の話じゃないですか。私はこの作品を書いていたときはまだ家族と暮らしていたんですよ。でも、デビューしてから、夫が死んでしまって、あれよあれよという間に独居になってしまったんです。「あれ? 私、カケイさんじゃん!」って(笑)。この前もあったんです。エレベーターで、高齢のおじいちゃんにおっぱいをつかまれたんです。
鴻池 えっ!
永井 これ私が小説で書いた「カケイさん」が「米山のじいさん」におっぱいをつかまれるシーンと同じだ! って。でも、こんなことが起こるのかってびっくりしました。
鴻池 僕も不思議で前にこの体験を編集者に話したんです。その編集者曰く「小説家は常に身の回りに起こることをキャッチして集めているんですよ。なので、起こりえる出来事さえ予知してしまうんです」と。なんか、もっともらしく冷静に分析されてがっかりしたんですよ。そういうことじゃないんだよな(笑)。
永井 ははは(笑)。予知とも違う。もっと別の力が働いてるんです。鴻池さんはどんなことが起こったんですか?
鴻池 えーとですね……。
永井 急に歯切れが悪い(笑)。
鴻池 僕「不倫」だ「AV女優」だとか、変なことばっかり書いているんで……。ちょっと……。いや~起こるんですよね!
永井 ねぇ(笑)。私だけかと思ってましたけど、やっぱりそうですよね。
鴻池 だからといって書くことをセーブしたりもしないんだけど。
永井 そう、フィクションだから、極端な話、人も殺しちゃったりしますからね。
鴻池 でも起こってほしいことを書くわけにもいかない。僕だったら金持ちになって、高級車乗り回してみたいな(笑)。でも、そんな小説つまらないからな。
永井 うん、成功した主人公が出てくる小説、あまり読みたくないかな(笑)。