実は「腐女子」なんです!
永井 「わがままロマンサー」というBL小説の傑作を書かれた鴻池さんだから言うんですけど、私の「ジョニ黒」という作品は、実はBL入ってるんです。
鴻池 あっそうか! アキラとモリシゲの2人の少年が出てきますね。
永井 「ジョニ黒」が掲載された『すばる』はBL特集だったんですよね。(2023年6月号)
鴻池 『すばる』がめちゃくちゃ売れた、綿矢りささんプロデュースの「中華BL特集」の号か。
永井 おそらく、編集者さんがそれに合わせて載せてくれたんです。
同席していた当時の担当編集者 すいません……初めて知りました。
永井 えっ、知らなかったんですか!? あれはタッキー&翼だって匂わせたのに!
鴻池 匂わせだから伝わらないんですよ(笑)。じゃあ、偶然だったんですね。すごい!
永井 あの2人の少年と「日出男」の三角関係の話なんです。結局、小説で男の世界を書くと全部、BLになるんです。
鴻池 そうそう! わかるわ~。
永井 なりますよね! わかってくれて嬉しい! 映画でも『仁義なき戦い』とか『あぶない刑事』とか、全部BLですよ。
鴻池 北野武の映画とか、タランティーノもそうですよね。というか、アウトロー映画なんて全部、BLでしょ(笑)。
永井 いまは「腐女子」という言葉がありますが、私がBLにハマったのは、若い頃でまだそんな言葉もない時代でした。「おこげ」とか言われていました。つまり、「おかま」にひっつく「おこげ」という意味。ゲイの男の人が好きな女の人はそう呼ばれたんです。
鴻池 うん、聞いたことあります。
永井 そのあと、「山なし・オチなし・意味なし」という「やおい」という言葉があったけど、この言葉はBL創作物を侮蔑するみたいで、私は嫌でしたね。それで最近になって「腐女子」っていう言葉が出てきて、もう「私にピッタリ! 私は腐女子だ! やった~」って。
鴻池 ははは(笑)。
永井 嬉しくて、息子と娘に「ママは腐女子の先駆けよ~」って言ったら、「ふざけるな、それあんまりいい言葉じゃないからやめろ」って怒られちゃった(笑)。
鴻池 お母さん、やめなさいって(笑)。だから、永井さんの世代から、BL好きの人たちが着々と市民権を得るために土台を積み重ねて、ようやく「腐女子」という言葉を一般化させたんですよ。
永井 鴻池さんの「わがままロマンサー」を読んだときに、「腐女子」の妄想が小説の中で見事に具現化されていて、ここまできたかと嬉しかったですね。
鴻池 永井さんにそう言ってもらえて、こちらこそ嬉しいです。
永井 その前に書かれた「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」も、元はもっとBL色が強い作品だったと言ってましたね。それは、「僕」と「喜三郎」の関係がもっと濃く描かれていたということですか。
鴻池 そうなんです。もっとBLでしたね。でも、当時の『新潮』の編集長がゲラに「この〝BL臭〟どうにかならないか?」みたいな赤をしつこく入れてくるんですよ。こっちは「〝BL臭〟じゃなくて、れっきとしたBLなんだよ!」って思ってるんだけど、削れ削れ、ごちゃごちゃうるさいんですよ。
永井 ははは(笑)。
鴻池 おとなしくその要望を聞き入れた結果、芥川賞の候補にノミネートされたんでね。
永井 許してやろうと(笑)。
鴻池 ええ、功績を認めてやる(笑)。いや、あの作品には元ネタがあるんですよ。実は「ギルガメッシュ叙事詩」を下敷きにした作品なんです。「ギルガメッシュ叙事詩」というのは、メソポタミア文明を代表する人類最古の叙事詩と言われてるんだけど、内容が完全にBLなんです。ギルガメッシュとエンキドゥという2人の英雄が、ラブラブする叙事詩でめっちゃ面白いんですよ。それをモチーフに書いたんだから、絶対BLになるに決まってるんです。
永井 ソクラテスとプラトンとか古代ギリシャの世界もラブラブな感じ、多いですよね。
鴻池 そうそう、日本の近代文学で言えば有名なのは夏目漱石の「こころ」ですよね。「私」と「先生」と「K」の関係は実はBLで、実際にそういう読みをした批評もありますね。
永井 完全にそう。三島由紀夫とかになるともうBLそのもの。
鴻池 もう普通のBLですね。普通のBLって何だよって感じだけど(笑)。
永井 前に石田夏穂さんとの対談で、鴻池さんの奥様が「BL研究家」で「腐女子」だとおっしゃってましたね。
鴻池 そうなんです。僕自身は「腐男子」でもなく、まぁ、ただの変態なんでしょうけど。
永井 ははは(笑)。
鴻池 妻がいかんせん、熱狂的なBL愛好家でして……。男が2人以上いると、常にカップリングの妄想をしている。いわゆる〝掛け算〟をしているんです。すごいですよ、歌舞伎とか大好きで、歌舞伎座で役者の写真いっぱい買ってくるんですもん。
永井 いやだ、私と一緒!
鴻池 マジか(笑)。歌舞伎なんて〝掛け算〟を楽しんでくださいというパッケージングがもうできてますもんね。
永井 ほんとそう! 私も歌舞伎大好き。いいな~、奥様と今度、ぜひ一度お話ししたいな。
鴻池 「ジョニ黒」早速、読ませますね。
永井 なぜ、ここまでBLが女性の間で人気になったかには理由があると思うんです。それは、女性はやっぱり〝子供を産め〟という外圧と内圧に常にさらされているんですね。外圧は親とか家族から「産め」と言われること。内圧というのは、生理がきたり、身体が〝産む〟性であるということを常に意識させられることです。だから、女性はそこから逃れたいという気持ちがあるんですよ。恋愛にはすごく興味があるんだけど、そこから逃れるにはBLしかないんですよね。
鴻池 なるほど。異性との恋愛だとやっぱり生殖につながるから、子宮を持つ女性であることの宿命から逃れることができるのは、BLの世界だけなんですね。
永井 そうだと思います。だからBLは、女性という宿命から逃れられるファンタジーとしての役割を担っているんですよ。この世界があってよかったという女性がたくさんいると思うな。