戦場ジャーナリストという灯を、絶やしてはならない――戦後81年、中東レバノンの取材から
志葉玲(ジャーナリスト)
戦場ジャーナリストを絶やさないために必要なこと
日本の戦場ジャーナリストは、消えゆく存在なのかもしれない。そう考えてしまうこともある。だが、あえてここで当事者として提言したいことがいくつかある。
「知る権利」の価値
まず、社会が「知る権利」の価値を本気で再認識することだ。とりわけ、イラク戦争以降、日本では「自己責任論」など戦場ジャーナリストの活動そのもの自体を貶める論調が蔓延したが、紛争地の一次情報は、民主主義と安全保障の基盤だ。既に述べたように、レバノンにおけるイスラエルの戦争犯罪は米国とイランの和平交渉の大きな障害で、それは、日本のエネルギー確保にも影響する。米国が支援するイスラエルがいかに非道なことを行っているか、もっと多くの人々が具体的に知れば、絶対的な米国追従を貫く日本政府の外交姿勢のおかしさに気付くだろう。現状、そうした報道は十分ではないが、人々が「知る権利」をおろそかにすることは、結局、原油高、物価高というかたちで、自分たちの生活もおろそかにすることになる。戦場ジャーナリストが、「無鉄砲で迷惑な連中」ではなく、「人々の知る権利のために従事する者」として、その活動が正当に評価されることが重要だ。
資金と安全の確保
次に、資金と安全の仕組みを整えることだ。紛争地取材は非常にコストが高い。信頼できる現地の協力者(いわゆる「フィクサー」。通訳、案内、調整役などを行う)は、取材および安全確保に必須だが、こうした協力者を雇うには、最低でも1日200ドルが相場で、高リスク取材ではその数倍に跳ね上がる。私は可能な限り非武装の取材を行い、原則、護衛は雇わない主義であるが、民間軍事企業などに護衛を依頼する場合は、取材地や状況にもよるが、1日あたりで数十万円になることも珍しくない。
つまり、円安下で個人が全額を負担するモデルは、もはや持続不可能なのだ。まず第一に、大手メディアはフリーランスに対して適正な対価を支払うべきだろう。また、個人のクラウドファンディングや支援に頼る現状を改め、独立した助成制度やメディア共同の保険・機材支援を拡充することも必要だろう。
海外でも包括的な支援制度は少ないが、例えば、米国のNPOピューリッツアーセンターは取材費の助成を行っている。ただし、フリーランスのジャーナリストの場合、委託先メディアが放送・掲載を予定しているとの書面、および保険加入や安全対策の計画書などが必要となる。ただ、これは日本においては非常に難しいだろう。事なかれ主義のメディアは、責任を負いたがらないからだが、メディアが書面の提出などの協力をするようにするか、日本独自の助成制度を構築するか、いずれかが必要だ。保険に関しては、イギリスの保険会社インシュアランス・フォー・メディアなどを活用できるだろうが、そもそもなぜ戦場にジャーナリストを派遣したのかとバッシングされることをメディアは恐れているので、やはり、紛争地取材の意義が広く日本の社会に理解されることも必要だろう。
発信の場
さらに、発信の場の複線化が必要だ。草の根の発信を否定するつもりはないが、とりわけ、日本の政治や経済、社会にも大きな影響のあることについては、主要テレビ・新聞、インターネット大手での定期的な発表の場を確保することが不可欠であろう。
また、ジャーナリズムとしての健全なチェック機能のためには、紛争地報道において、単なる悲惨さの報告に留まらず、日本政府の政策矛盾——化石燃料輸入、投資、外交の受動性——を具体的に追及する姿勢が重要だ。レバノン情勢についても、「日本の命運に関わる」という視点を明確に持つことが欠かせない。イスラエルの行為を直視し、止めるための外交努力を求める世論を育てる報道が、今こそ必要だ。
若手の育成
そして、若手の育成。取材のノウハウや、安全研修やトラウマケア、資金調達のバックアップ体制を整え、ベテラン勢がいなくなれば灯が消えるような状況を一刻も早く脱しなければならない。社会が支え、メディアが受け皿を作り、若い世代が続けられる環境を整えること。それが、戦後81年を経た日本が、戦争の現実を忘れず、平和と安全を真剣に考えるための最低限の条件ではないだろうか。

レバノン首都ベイルートの避難民 撮影:志葉玲
レバノンの瓦礫の中で私が感じたのは、「この事実を日本人に伝えなければ、あの戦争と同じ過ちを繰り返す」という強い危機感だった。今、高市政権は憲法改正を明確に視野に入れ、タカ派的な意見がメディアでもネット上でも席捲している。戦争体験者がいなくなり、戦場の現実を知る語り部が減る中で、「抑止力強化」「現実的な安全保障」といった言葉が先行し、戦争が具体的に何を破壊し、誰を殺すのかという現場の感触が、議論からますます遠ざかっている。こうした空気の中で、国際法や人権を軽視した軍事的な発想が正当化されやすくなる危険を、私は強く感じている。
イスラエルの非人道的な行為を直視し、日本はそれを止める努力を怠っていないか、世論と報道が機能しているかを問い続ける。そんな戦場ジャーナリストの灯を、絶やしてはならない。
著者情報
ジャーナリスト
志葉玲
しば れい
番組制作会社をへて2002年春から環境、平和、人権をテーマにフリーランスジャーナリストとしての活動を開始する。雑誌・新聞に寄稿し、現地で撮影した写真・映像をテレビ局や通信局に提供する他、コメンテーターとして各メディアで発言、全国各地で講演を行っている。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、 『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、共著に『原発依存国家』(扶桑社新書)等。