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常識を疑え!

ストーカー殺人はなぜ起きるのか?

香山リカ(医師)

 逗子市でストーカー殺人が起きた。元交際相手の女性の居場所を執拗(しつよう)に探し、女性の自宅で殺害して自殺した犯人。被害者は別の男性と結婚していたのだが、それがわかってからは殺害を予告するメールを1日に100通も送ったことがあったという。幸せなはずの新婚生活が脅迫メールで恐怖に染められ、ついに殺害された女性のことを思うと胸が強く痛む。

 それにしても、一度は愛した女性をここまで苦しめ、殺害までしてしまうという加害者の心はどうなっているのだろう。

 おそらくこういうケースは、「あきらめられない。なんとかもう一度、つき合いたい」としつこくアプローチする単純なストーカー行為とは違い、フランスの病名で熱情妄想、現代の診断基準では妄想性障害と呼ばれる、深刻で病的な状態と思われる。この妄想は、「運命の人に出会った」という一方的な確信から始まる。しかし、恋愛や結婚は相手があって成立することなので、必ず思いが遂げられるとは限らない。一般的には相手に振られれば誰もがショックを受け、落ち込むが、何週間か何カ月かすればその事実を受容できるようになる。また、死別による喪失とは違い、失恋の場合は実際には“かわりがいる”ので、新しい出会いがあれば前の人のことなどすっかり忘れ、その恋愛に夢中になることもめずらしくない。

 ところが、熱情妄想ではそうはいかない。実際にはすでに失恋しているのに、「運命の相手とうまくいかないわけはない」と事実を受け入れず、以前と変わらずプレゼントを贈ったりデートに誘ったりし続ける。相手は困惑し「もう別れたはずだけど」と言っても、取り合ってもらえない。最初は「ショックで混乱しているのだろう」と思い、やさしく「ごめんね、思ってくれているのはうれしいんだけど、もうデートには行けないんだよね」などとなだめているが、そのうち「いつになったらわかるの! こっちは新しい彼氏がいるんだから!」などと声を荒らげてしまう場面も来るだろう。

 そうなると、さすがに状況に気づかざるをえないが、そこからの展開が大きく違う。妄想の場合、悲しんだり落ち込んだりするかわりに、「裏切られた」と激しく相手を憎んだり、「陰謀がふたりの邪魔をしたのだ」と周囲の家族などに恨みの感情を抱いたりする。そして、ズタズタになった自分のプライドを復権させるためには、相手やその家族をひどい目にあわせるしかない、と復讐(ふくしゅう)に燃えるようになっていくのだ。

 こういったケースの多くは、復讐の実現にすべてを賭けようとして、仕事を減らしたりやめたりし、ありとあらゆる手を使って攻撃の準備を整える。また、途中の段階でまわりにそれをほのめかすと止められるかもしれない、と家族や同僚には隠す場合も少なくない。

 では、どうすればこういった妄想性のストーカーによる被害を防ぐことができるのか。警察の介入だけでは限界があり、精神医療による治療も不可欠だろう。もちろん本人は自分のことを病気だとは思っていないはずだが、きちんと薬を飲んでくれれば、「相手を殺すしか道はない」という妄想性の確信はかなりやわらぐことが多い。とはいえ、いまは人権の問題もあり、「私は病気なんかじゃないですよ」と主張する人に服薬や入院を強制するのはかなりむずかしくなっている、という事実もある。

 ただ、このままでは今回のようなストーカー事件は、決してなくなることはないだろう。被害者も「これはふつうの失恋の恨みを超えている」と思ったら、「説得すればわかってもらえるはず」などと考えずに、警察のみならず地域の精神保健福祉センターや保健所などにも相談するなど、使える手立てをすべて使って、なんとか医療に介入してもらうことが必要なのではないだろうか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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