第36回 春の扉
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)
2026年4月某日
京都へライブに。桜の季節にぶつかってしまい、京都は花見客でごった返していた。宿の値段も高く、失敗した、と思った。会場は紫明会館という古い建物。登録有形文化財にも指定されている。何度かライブをやらせてもらったことがある。思い出すのはコロナ禍で、換気のため、窓を開けっぱなしにしてライブを行った時のこと。タイトルを「新時代のボソ語り」として、ぽそぽそ話すように歌うライブを目指した。これはラジオ番組をやっていた時に発明した歌唱法だ。ラジオ日本というところで毎週日曜日の夜にラジオ番組をやっていた。『前野健太のラジオ100年後』。そこでいつからか「ボソ語り」というコーナーができた。ラジオ向きだと思って作ったコーナーだ。ギターの音も、小さい音というのはいい音が出るものだ。それに合わせて、自作の曲や、他の人の曲を、小さな声で歌った。
コロナ禍で飛沫感染も心配されていたので、これはいい機会だと思い、その歌唱法をまるごとライブでやってみようと思ったのが「新時代のボソ語り」ライブ。季節はいつだったか、たしか、こんな春の陽気の頃だった気がする。お客さんはみんなマスクをしてくれて、こっちだけマスクしないのは失礼だなと思いながら。なので慎重に慎重に、いつもの10分の1、20分の1、くらいの声量で歌った。上手くいった、と思った。お客さんの反応もよいではないか。ただ、途中から、体が、かゆくなった。歌が「体を突き破りたい」と言った。歌のせいにしているが、そう、自分の体が限界だった。このまま静かなままでは終えられない。後半後ろを向いて、シャウト。ギターのシールド(ギターとアンプを繋ぐ配線のようなもの)を抜き、ステージの裏に行き、シャウト。しまいには、開けっぱなしの窓から外へ向かってシャウト。どうしようもないな自分は、と思った。お客さんは笑ってくれたが、これは病気だ、と思った。いつからこんなに恥ずかしい体になったのか。ここまでしないと生きてる心地がしないのか。はたまたお客さんへのサービス精神なのか。そんな訳はない。これが自分の歌のサガなのだろう。

ライブ前、散歩していると京都らしい風景
まあそんなことを思い出した春の京都紫明会館。この日はボソでもぽそでもなく、お客さんもマスクはなく、普通のライブ。建物の前の桜も満開であった。アルバムツアーの曲をしっとり、時に激しく歌い、無事に終了。体も満足だったろうか。
宿は少し離れていたので、電車で移動。チェックインし部屋に荷物を入れ、さて、飯でも食いにいくか、ということでぶらぶら歩いていると、三条会という古い商店街にぶち当たった。ただ、アーケード内は暗く、やっている店はほとんどない。ライブで体力を消耗してお腹も空いていたので、何か食べながらお酒も飲みたい。長い商店街を歩くが、だんだん疲れてくる。もう引き返そうかと思ったが、それも味気ない。何度か行ったり来たりして、一軒のバーのような店に惹かれた。ここにしよう。食べ物はあるだろうか。店に入り、店員の女性に、おつまみはありますか、と尋ねる。ないんですよ、とあっさり返される。ただ、そこのコンビニで買ってきて食べても大丈夫ですよ、とのこと。迷う。京都まで来てコンビニはちょっと面白みがない。もうここは空きっ腹に酒でいい。これは酔いが回るのが早いのだが、よい。店は、ビールの専門店だった。そしてこれが美味だった。ビールにはまったく詳しくないのだが、奥が深そうだぞと思った。歩き疲れていたのと、ライブの疲れで、余計に沁みた。コの字型のカウンターで、向かいに男性2人、女性1人が座っていた。ほどよく酔って、楽しそうだが、落ち着きがあり、乱れている感じはなかった。好みの客筋だなと思った。店のドアの上がステンドグラスになっていて、ビールの可愛らしい模様。しずかに名店の香り。もしかしたら日曜日の夜で、やっている店は少なかったのかもしれないが、この店がやってくれていて、とても助かった。

ありがたい日曜日の夜の酒場よ
しかしとても腹が空いている。2杯くらい飲んで酔ってきたので、今からご飯食べられるところありますかね、と少し大きめの声で店の人に尋ねる。もちろん店全体にふんわりと投げた球だ。うまいこと店の人は常連さんと、どこかあるかなあ、といった具合に話してくれた。皆、あのホルモンやってるよね、朝まで、と話し合っている。おお、ここにきて焼肉か。3杯目を頼み飲んでいると、うちらもお腹減ってるから行くか、となり、なぜだか常連の男性1人、女性1人、自分の3人でホルモンの店へ行くことに。旅は道連れ。こういうことは今までなかった。女性は少し酔っていたが、男性がコンビニまで水を買いに行って、渡していた。やさしい男だ。下心も見えない。
3人は歩いた。もうすべての店が閉まった深夜のアーケード商店街を。古い喫茶店があった。ここはもうやってないですね。ここはやってますよ。など。色々説明してもらいながら。人生の散歩。
アーケードを抜け、少し歩くと、ホルモンの店はあった。深夜なのにお客さんはけっこういた。水キムチがうまいですよ、ということで食べた。あとはあまり覚えていない。連絡先を交換して、別れた。ラーメンが食べたくて、近くのラーメン屋を紹介してもらった。お互いの仕事の話は一切していない。携帯には、真っ暗闇の中ブレブレで写る、2人の写真が残されていた。2人とも、たぶん、笑っていた。

深夜のアーケード、知らない人たちと人生の散歩
翌朝、二日酔いの頭で三条会を再び訪れた。前日は気づかなかったが、喫茶店が他にもあった。面白い店名の茶店で、モーニング。外は外国人の観光客がぷらぷら歩いたり、自転車で走ったり。ここは観光地なのか、と思った。ツーリストたちは、ショーウィンドーは見るが、中には入ってこない。こういう昔からある、何気ない喫茶店こそ入ってみてほしいな、と思う。ガイドには載っていないのだろう。外に出ると暑い。この三条会、雰囲気がかなり良い。ただ、そこまで広くないアーケードなのに、車が通るからあぶない。地元の自転車乗りもさーっと走るからあぶない。ぷらぷら歩いてるとぶつかりそうになる。古い傘屋があり、天ぷら屋があり、茶店があり。皆、通常運転という感じで、営業している。うどんを食べ、茶店をハシゴして、帰りの新幹線で食べようと、仕出し屋の店先で売っていた小さな鯖寿司とちらし寿司を買った。同じ商店街に、いったい何時間いたのだろう。前の晩も合わせると、たいそうな時間である。
宿に預けていた荷物を受け取り、京都駅へ向かった。二条まで歩くか、地下鉄の駅へ向かうか。二条まで歩く力は残っていなかった。地下鉄で京都駅へ着き、新幹線に乗る。車内でさっき買ったばかりの鯖寿司とちらし寿司を食べる。美味。東京へ着くと夜になっていた。いったいあの人たちといた時間は何だったのだろう。電車を乗り継ぐと、知らない番号からショートメール。昨日はありがとうございました、とホルモンの彼からだった。メールを返そうかと思ったが、少し幻のようにしておきたくて、返信はしないでおいた。真夜中に閉まっていた喫茶店は「扉」という名前だった。もうこの扉は二度と開かないんですよ、と彼は言った。
夜が明けてもやっていなかった、扉