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連載

変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて20 無知と偏見と無関心を超えて

工藤律子(ジャーナリスト)

「ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもや若者に寄り添おうとする者は、数知れない落胆の時を、稀に感じるささやかな希望で包み込み、前へと進む。しかし、忘れえぬ悲しみや苦しい記憶は確実に、心の奥底に痛みや後悔、無力感を残す。もっとできることがあったのではないか、という問いが、完全に脳裡を離れることはない。路上の人々への無知と偏見と無関心に満ちた社会においては、尚更だ。

まだ幼かったカルロスが、写真を撮っていた篠田の野球帽を、「かぶってみたい」と言った 撮影:篠田有史

無縁墓地

 メキシコシティで、「ラティータ」ことカルロスの姿を見失って以来、私たちは、どこかで誰かからいいニュースを伝えられることはないだろうかと、希望を持ち続けていた。「交通事故で死んだ」と聞かされていた路上の友人が、実際には病院で治療を受けた後にカサ・アリアンサの施設でリハビリをして、本人の希望で故郷の実家へ戻ったと、彼に付き添ったスタッフに告げられたことがあるからだ。そんな奇跡がカルロスにだって――。
 2025年夏、ダビと路上を巡っていた私は、ふと、こう尋ねてみた。
「何年か前にも同じことを聞いたと思うけど、ラティータの行方を知っている人はいないかしら?」
 以前、尋ねた際には、「死んでしまったと聞いたけど、確証はない」と言ったダビは、今度はより具体的で率直な話をしてくれる。
「ボクは詳しいことはわからない。というのも、実は、ラティータたちのグループは、薬物をはじめ、あらゆる問題を抱えすぎていたため、ある時から(ストリートエデュケーターは)積極的に働きかけることを断念したんだ。でも、今も彼らの一部は、時々、あの地下鉄駅付近にいるから、直接聞いてみるといいかもしれない」
 初めて聞くその話に、私は改めて、ラティータが置かれていた状況の厳しさを想った。たまに来るだけの外国人が助けになれるほど、問題は単純ではなかったのだろう。しかし、それでも奇跡を起こすことはできなかったのか。そんな思いが頭をよぎる。

地下鉄駅の上の広場で、アクティーボに酔いしれる同世代の仲間と微笑むカルロス(右端) 撮影:篠田有史

 それから数日後、私はダビと、カルロスがよくいた地下鉄駅の上の広場へ行き、顔見知りを探すことにした。広場へ渡る道の交差点に近づくと、信号の脇に座り込んでいる青年が目に入った。
「彼なら何かわかるかもしれない」
と、ダビ。私たちは、近づいて挨拶をし、「あのラティータがどうしているか知らない?」と、尋ねてみた。すると青年は、こう応じた。
「あいつなら、何年か前にこの広場で、寝ている時に襲われて殺されたと聞いたよ」
 殺された⁈ 私は、彼が「死んだ」ではなく、「殺された」と言ったことに困惑した。いったいどういうことなのか?
「仲間の話によれば、寝ていた時、突然、誰かにナイフで刺されたらしい。あっちにいる彼女のほうがよくわかると思うけど。聞いてみれば?」
 そう言いながら、彼は広場のほうを指差した。そこには、四角い花壇のような形をした地下鉄の排気口の縁をベンチ代わりに、座っている若い女性がいる。
 私たちはすぐにその女性のもとへ行き、同じ質問をする。彼女の答えは、簡潔だった。
「ラティータは、殺されたのよ。私、近くにいたから知ってるわ。ある夜、寝ていたら、突然、誰かがやってきて、ナイフで刺した。救急車を呼んだけど、遅かったみたい」
 私は、この機会を逃すと後がないような感覚に襲われ、
「誰が刺したの? なぜ刺されたの? 薬物絡みの問題?」
と、続けざまに問いかけた。女性は悟ったような表情で、
「そうだと思う。売人をしていたから、トラブルに巻き込まれたんでしょう」
と、視線を落とす。そばで聞いていたダビは、彼女の話に納得したようだった。
 言葉が続かなくなった私は、「ありがとう」と伝えてその場を離れようとしたが、気を取り直して、もう一つ、
「死んでしまったとしたら、どこに埋葬されたか、わかる? 葬儀に行った人はいない?」
と、尋ねた。すると女性は、自分は葬儀に行っていないし、行ったという仲間も知らない、と答える。仲間の目撃証言以外に、カルロスの死を確認できるものは、ないということだ。
 それでも諦めきれず、私は再度、ダビに質問した。
「仮に死んでしまったとしたら、どこに埋葬されていると思う?」
 私の問いに対し、ダビは、こんな話をしてくれた。
「こういうケースでは、大抵、公営の無縁墓地に埋葬される。そこは、引き取り手のいない遺体を埋める場所で、スペースがあまりない。だから、数年後には骨が掘り出されて、また別の場所にほかの多くの骨と一緒に“捨てられる”。そして空いたスペースに、また次の遺体が埋められるんだ」
 大勢の路上の子どもたちの死に立ち会ってきたストリートエデュケーターは、「そんな光景を何度も見た」と言う。
「埋める作業だって、時には“ボクたち”がシャベルを手に、足元に骸骨などがゴロゴロしているところでやるんだから」
 そう苦笑するダビ。そうやって埋葬された子どもたちの存在は、彼らを覚えている者たちの記憶にのみ、刻まれることになる。

1994年、廃屋で焼死した子どもたちの墓を、路上少年と訪ねた。家族を探し出し、遺体安置所へ案内したのは、ストリートエデュケーターだった。この子たちは、幸い、メキシコシティ在住の家族が埋葬に立ち会ったが、多くの「ストリートチルドレン」は、無縁墓地に行き着く 撮影:篠田有史

思い出

 カルロスの人生を綴ることは、彼の存在と生きた足跡を、より大勢の記憶に刻むための作業なのかもしれない。路上の友人たちは、自分を価値のないゴミのような存在だと考えているが、それでも誰かの記憶に、そして自分自身の思い出の中にも、ちょっと輝いている自分がいることを、本当は願っている。私はそう感じる。
 それは以前、現地の日本人学校で教える先生数名を案内して、街の目抜通りのロータリーの真ん中に立つ騎馬像の下で寝起きする青年たちに、会いに行った時のことだ。その中の1人は10歳くらいから知る若者で、ずっとアクティーボを吸う路上生活を続けていた。そのため、心身ともにかなりひどい状態に陥っており、話をしていても呂律が回らないことがよくあった。
 それでも彼は、私の姿を見つけると歩み寄ってきて、一緒にいた先生たちにも笑顔で握手を求めた。それから、「ゲスト」である先生たちに、彼と私がどれくらい昔から知り合いなのかを、楽しげに語り始める。
「リツコは、ボクがまだとってもかわいかった頃から知っているんだ。ボク、昔は結構ハンサムな少年だったんだよね?」
 私は「そう、本当にかわいかったわ!」と返しながら、先生たちに彼の言葉を訳して、伝える。すると彼は、周りにいたほかの路上仲間に向かって、嬉しそうにこう告げた。
「なあ、聞いたか! 彼女は、ボクがかわいい少年だった頃からの知り合いなんだぞ」
 そう言われた若者たちは、少し羨ましそうな表情で微笑み返した。 
 どんな人生にも、何かしら良き思い出はあるものだ。それを見つけ出し、かみ締めることができれば、誰かと分かち合うことができれば、そこに小さな希望が生まれる。そういうことなのかもしれない。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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