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社会問題

クワガタムシ好きの日本人がクワガタムシを滅ぼす

10時間で破壊される500万年の進化の歴史

五箇公一(国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー)

 2000年以降、急速に輸入量が増加して、一大飼育ブームを巻き起こした「外国産クワガタムシ」。現在でもその熱は冷めることなく、毎年夏休みになれば、ペットショップやデパートで、雌雄のペアが大量に販売されている。これほどまでにクワガタムシを愛する国民は、世界広しといえども、日本人だけである。しかし、この日本人のクワガタ愛好心が日本の、そして世界のクワガタの衰退を招く恐れがある。

外国産クワガタムシの飼育ブーム

 クワガタムシは夜行性の森林昆虫で、とても用心深い生き物なので、捕まえるのは簡単ではない。それゆえに、自分で見つけて捕まえたときの喜びはひとしおであり、クワガタムシが昆虫の王様であるというステータスは、今も昔も変わらない。
 しかし、最近の日本におけるクワガタムシを取りまく環境は、かつての状況と大きく様変わりしている。それは外国産クワガタムシの登場である。いったい何故、こんなにたくさんの外国産クワガタムシが日本で売られるようになったのか?
 実は1999年まで、外国産のクワガタムシなどは、農林水産省の植物防疫法で輸入が規制されていた。しかし、貿易自由化の一環として、クワガタムシの輸入規制も一部解除されたのである。
 それ以降、輸入許可種は増え続け、現在、700種類のクワガタムシの輸入が許可されている。年間の輸入個体数も100万匹を超える。今や、世界中で一番クワガタムシの多様性が高いところは、日本のペットショップといってもよい。
 

外来生物としてのクワガタムシ

 外国産のクワガタムシは、もともと日本にはいなかった外来生物であり、これらが万一、日本の野外に逃げ出して野生化したら、日本の在来クワガタムシに悪影響を及ぼすのではないか、と懸念される。
 例えば、日本のクワガタムシ同様、外国産のクワガタムシも幼虫の時代には朽ち木を食べて、成虫になると樹液を食べる。同じ棲みかや餌を巡って、日本産と外国産のクワガタムシの間に競合が生じるリスクは高い。
 また、ヒラタクワガタの外国産個体と日本産個体の間に生じる交雑リスクについて、興味深い調査結果が国立環境研究所で得られている。ヒラタクワガタは日本列島を含むアジア地域に広く分布する種であるが、島や地域ごとに異なる形態的特徴を持つ地域系統が存在する。
 特に東南アジア産個体は、大型で人気が高く、毎年大量に輸入されている。これらの地域系統個体群について、ミトコンドリアDNAにおける変異を解析した結果、アジアのヒラタクワガタは大陸と島嶼(とうしょ)の分断という地史的背景をともなって、地域ごとに遺伝的分化が進んでおり、東南アジア産個体群と日本列島産個体群の間の分化年代は、500万年以上と推定されている。このように、進化的時間によって形成された遺伝的集団を、生態学的に進化的重要単位と称する。

人的な介在でもたらされた新たな雑種個体

 この貴重なヒラタクワガタの進化的重要単位は、商品個体の大量移送によって、簡単に崩壊する恐れがあることが、交雑実験によって示されている。インドネシア産スマトラオオヒラタクワガタと、日本列島産ツシマヒラタクワガタを実験的に交雑すると、交尾が成立して、大量の大型雑種個体が誕生する。
 さらに雑種同士をかけあわせると次世代の雑種が誕生し、現在、国立環境研究所ではこの雑種系統は4世代目を迎えている。すなわち雑種には妊性があり、増殖が可能であることが示されている。
 500万年以上も分断されていたにもかかわらず、ヒラタクワガタの地域系統間には、生殖隔離機構(遺伝的に異なる系統同士が交雑を避ける機構)がほとんど働いていないことが判明した。
 雑種に次世代を残す能力があるということは、一度、野外で雑種が生じれば、雑種が増加する恐れがあることを示す。また商品として毎年大量に輸入されることから、放逐による交雑のリスクは常に高い状態におかれる。500万年というヒラタクワガタの進化の歴史が、片道10時間という短時間の大量移送によって、崩壊の危機に直面している。
 

原産地の生物多様性や経済にまで影響

 大型のクワガタムシの多くは、熱帯雨林地域から採集されている。それらの地域でもクワガタムシが成長するには、最低1年はかかる。そうした生き物を、毎年大量に捕り続ければ、当然、数が減っていくことが予想される。
 特に近年では、クワガタムシが高値で買い取られることから、東南アジアのさまざまな地方で、クワガタムシの採集を生業にする人も増え、村単位でクワガタムシを買い付けて、日本の業者に転売するディーラーまで出現し、東南アジアの農村と日本のクワガタムシ市場の間には、一種の国際流通システムができ上がってしまっている。
 一部の地域では、村人たちがクワガタムシの採集に躍起になるあまり、肝心の農林業も疎かになり、森林破壊まで引き起こしていると言われている。日本のクワガタムシブームは、海外の森林環境や農村環境にまで深刻な影響を与えている。

日本人のクワガタムシ好きは日本人の固有性

 クワガタムシをペットとして飼育して可愛がる国民は、世界広しといえども、日本人だけである。クワガタムシが多数生息している東南アジアや、あるいは隣国の中国や韓国でも、そのような甲虫飼育は、全然流行していない。
 筆者は、日本人のクワガタムシ好きの秘密は、日本古来の里山生態系にあるのではないかと想像している。太古に日本列島に渡ってきた人間にとって、山が多くて海に囲まれたこの島国では、限られた生活空間のなかで、巧みに資源を再利用する生活システムが求められた。そこで築かれたのが雑木林と水田とため池といった、人為環境を組み合わせたリサイクル生活システム、すなわち里山だったと考えられる。
 定期的に伐採と植林が繰り返される雑木林では、クワガタムシの幼虫にとって絶好の生息地である朽ち木が安定して供給され、彼らは里山に定着できた。幼虫は朽ち木を食べて、土に返すという分解者の役割を果たし、山林の維持にも貢献したと思われる。
 里山という生活形態を通じて日本人とクワガタムシの深い関係が築かれた、というのが筆者の想像するところである。

「生き物」の輸入や売買は自然の法則の逸脱

 クワガタムシに限らず、メダカやドジョウ、トンボなど日本に生息する生物にとって里山は重要な生息地だったと考えられる。いま、里山が急速に姿を消し、森林環境や農業環境が大きく様変わりするなかで、多くの生物が減少している。
 日本人がクワガタムシを好んで飼育するという習性は、日本人固有の感性や文化と言えるものである。ただ、そうした昆虫飼育は、自らが自然の野山に出て採集してきたものを、大切に手元で育てて、自然観を育むことに本来の意義がある。
 現在のように、遠い外国から連れて来られた生き物たちに値段をつけて、売買するという風潮は、本来の日本人固有の「飼育文化」から逸脱したものだと考えなくてはならない。ペットに限らず、今の日本は、ほとんどの天然資源・エネルギー・食物を外国に依存し、文化そのものも固有性を失いつつある。
 外国のクワガタムシが普通に店先で売られているという現実から、今、われわれ日本人は日本、そしてアジア全体の自然や文化について、深く考えてみる必要がある。

著者情報

国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー

五箇公一

ごか こういち

1965年生まれ。京都大学大学院農学研究科昆虫学専攻修士課程修了。96年に国立環境研究所入所。同研究所化学物質生態リスク評価研究室室長を併任。研究テーマは「入生物種による在来生態系の撹乱」「農業害虫のメタ個体群構造と薬剤抵抗性の生態遺伝学的解析」

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