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特集

「1995」再考

座談会 「1995」とは何だったのか/④「リベラル」とは何か?

雨宮処凛(作家、活動家)

香山リカ(医師)

浜崎洋介(文芸批評家)

吉田徹(同志社大学教授)

(構成・文/加藤直樹)

(「③「小春日和」の終焉」からの続き)
 1995年を再検証する、4人の論客による座談会。話は援助交際からリベラルにまで及ぶ。
(収録日2026年4月4日)

援助交際はいけない、と言えない時代?

雨宮 95年前後、宮台真司の『終わりなき日常を生きろ』とか、女子高生を主人公にした村上龍の『ラブ&ポップ』とか、ありましたよね。なんか、90年代のおっさんって女子高生に背負わせすぎじゃないですか(笑)。女子高生に「これが新しい何かだ」って変な幻想を勝手に押しつけて。
浜崎 おっしゃる通りです(笑)。特に宮台真司の『制服少女たちの選択』については、僕自身が当時、高校生だったせいもあって、「はぁ?」って思ってましたね。

浜崎洋介氏(左)と雨宮処凛氏(右)

雨宮 電車のなかの週刊誌の中づり広告で「女子高生の膝の裏」なんて特集ばっかりやってるのも怖かったけど、それ以上に、有識者みたいな人たちまで女子高生に何かを背負わせて「まったり革命」とか言ってるのは、すごくよくなかったなと。
香山 「援交(援助交際)なんかやめなさい」と言うんじゃなくて、「何か新しいことが始まってる」って過剰に読み込んで。
雨宮 90年代後半、女子高生に「宮台さんの本を読んで、援交したら生きづらくなくなると思って援交したけど、もっと生きづらくなったのでどうすればいいか」って相談を受けたこともある。ほんとに良くなかったですよ、あれは。MeToo運動が起きる今じゃ想像もつかない次元の話。あと、鬼畜系AVっていうのがものすごい流行して。もう犯罪にしか思えないものもあった。私は周りに風俗で働いてる子が多かったから、すごく身近だったんですよ、騙されてAVに出演させられるとか。ほんとにひどいと思うんだけど、鬼畜系のAVを多く撮っていた監督が文化人的な扱いを受けて、10代向けの本まで出してましたよね。
 AV女優が撮影で大怪我をして逮捕者が出たバッキー事件は当然として、その界隈には加害があちこちにあったけど有耶無耶にされていた。取っ散らかった90年代のいろんなことが、「MeToo」以降にやっと問題化されて、今、いろんなところで議論されているのかなと思います。
浜崎 めちゃくちゃでしたね。
雨宮 めちゃくちゃだった。
浜崎 それも結局、「大衆化」現象(オルテガ)なんでしょうね。要するに、「贈与」で成り立つ文化共同体の溶解です。社会を成り立たせているのは、家族や地域の互酬共同体、市場における自由交換、それに国家による再配分ですが、特に高度経済成長後の日本は、人の「義理と人情」を育む互酬共同体(互いに与え合うことで成り立つ共同体)の話がなくなってしまった。その結果が、『制服少女たちの選択』を含む自己決定論でしょう。
 それにちなんで言えば、その後の2000年代には、立川談春『赤めだか』のヒットを含む落語ブームが来ますが、私の目には、それは手ごたえのある他者関係を取り戻したいという願望の表れに映った。そして、その流れのなかから、安倍政権の国家論(再配分)が話題に上ってくる。特に、2010年代からは、市場における自己決定(ネオリベラリズム)に対する異論が噴出してきますが、それは、まさに90年代の裏返しの現象でしたね。
吉田 「交換、互酬、再分配」という、経済人類学者ポランニーの図式に基づけば、互酬が成り立つためには社会関係資本が必要になります。つまりは、コミュニティが必要になるわけでしょう。そして再分配の実現のためには強い国家が必要になる。どちらも日本には存在しなかったり、今では存在しなくなってしまったものです。そうすると、やっぱり金銭を核とした、交換という関係性が相対的に生き残ってしまう。そういう構図が、皆が共有できる前提として今も変わらずに強いんじゃないかな。
浜崎 それはそうでしょうね。ただ、さっきの「援交」の話に戻れば、それもやっぱり家族が機能していればなかったと思うんですよ。誠実に向きあってくれる家族さえいれば、誰も、わざわざ知らないオヤジについていきたいとは思いませんからね(笑)。でも当時は、そんな「常識」を口に出すことさえはばかられる雰囲気だった。
雨宮 うん、ダメだった、90年代は。そんなことを言えば、家父長主義と批判される可能性もあったし、とにかくすごくバカにされましたね。『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版、2000年)という本もあった。
浜崎 「売春だって、単なる身体の売り買いなんだから、自己決定に任せよう」みたいなね。要するに精神のネオリベ化です。それで後になってから、「成熟できない現実」に直面して、今さら「共同体」を語りはじめると、なんて滑稽だろうと思いますね。
香山 「援交はいけないことなんでしょうか」という問いに、河合隼雄が「それは魂が傷つく」などと言ってましたよね。でもそんな四の五の言う前に「ダメなんです」という人がいなかった。
雨宮 あのころは世の中、狂ってると思ってましたね。そんなときに、右翼団体が街頭で批判してたんですよ。援交だのブルセラだの、そんなのは許せない、日本はおかしくなっていると。一水会なんかも街頭で、アジアに買春しにいく日本人男性にめちゃくちゃ怒ってた。
香山 立派ですね。
雨宮 私の目には、90年代後半の日本でいちばん安全な場所に見えたんです、右翼が。だから右翼に行った。
 当時、高卒フリーターだった私の目には、リベラルって援交オッケーに見えてたんですよ。フェミニストもそう。「なんでもあり」みたいな無秩序な人たちなんだろうと思ってた。今ではそうではないとわかりますが、当時はなんとなくの雰囲気でそう見えていた。

1995年のリベラルとは?

――そもそも「リベラル」とは何でしょうか?
吉田 90年代は「リベラル」という言葉の意味も変わっていく時期でした。それまでの、冷戦構造のなかでの「リベラル」とは、他国と同様、簡単に言えば反共主義だったわけです。だから、安倍元首相が「リベラル政権を創る会」というグループに参加してた、という今からみれば不思議なことも起こっています。自由民主党の英語名は「リベラル・デモクラティック・パーティー」ですが、ここで言うリベラルとは、反共を含意しています。
 ただ、冷戦崩壊以降、その意味が転換していきます。マルクス主義の旗を振れなくなったときに、「革新」の側が「リベラル」を新しい旗印にした。それで、「保革対立」が、「保守対リベラル」になるわけです。
 だから日本のリベラルって、単に旗印を変えたというだけで、標語に過ぎないんですよ。反共リベラルや大正教養主義的な自由主義のような価値観を持っているわけではなく、自己決定権やジェンダー平等といった新しい争点以外では、変わらず「護憲」が結節点になっている。
 ただ、リベラルな価値観そのものは、昔と比べたらずいぶん浸透してきたと思います。たとえば男女平等について言えば、NHKの意識調査で見ても、80年代は「男性は仕事、女性は家庭」という価値観への賛否が半々だったのが、今はもう1対9くらいです。そういう考え方に賛成する人は1割しかいない。
 ただ、そうした価値観が日本で選挙の争点にはならないし、有権者もリベラル的価値観を最重要視して投票しているわけでもない。リベラル的価値は「脱物質主義的価値観」とも言い換えられますが、近代的な物質的価値の方がずっと訴求力を持っているし、全般的な社会の困窮化で、むしろそれが強まっている。これが選挙でリベラルが負け続ける理由なんだろうと思います。

吉田徹氏

香山 今の若い人は、男女の役割分担からの解放とか、分かりやすいところで言うとLGBTQ、性的な多様性とかについては「そんなの当たり前じゃん」という感じですよね。そういう意味ではリベラルな意識が消えてしまったわけではない。でもなんか「たくさん稼ぐのはいいことだ」みたいな、嫌な言い方をすると拝金主義的な価値観に対しても「それも自由じゃないか」みたいに受け入れられているのが気になります。「リベラル」なんだけど、「ネオリベラリズム」というのか「リバタリアニズム」というのか、そういうものも引っついてきてしまっている感じですよね。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。反貧困ネットワーク世話人。バンギャ、フリーター、右翼活動家などを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。2006年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(2007年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』(‎河出書房新社、2023年)、『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書、2024年)など多数。

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

文芸批評家

浜崎洋介

はまさき ようすけ

1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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