「ストリートチルドレン」と呼ばれて17 新たな挑戦
工藤律子(ジャーナリスト)
20年以上の路上活動の末、ダビは、遂に一時滞在施設の夜勤スタッフへの異動を余儀なくされた。しかしそれでも、今まだ路上にいる子どもや若者たちに寄り添うことをやめなかった。彼らと関わったことのあるNGOや政府機関など、あらゆる人たちがその存在から目をそらすなか、もうこれ以上、路上生活から抜け出せないまま人生を終える子どもや若者を生み出したくない、と思うからだ。

メキシコシティを走る貨物列車の線路沿いには、中米やカリブの国々から来た移民の子どもたちが、家族と掘立小屋で生活していた。列車は1日に2回、汽笛を鳴らして通る。(2024年) 撮影:篠田有史
それでも路上へ
「今の路上チームの活動は、予防活動として、貧困コミュニティを訪ねるばかりで、本来の路上活動じゃない」
焦りと怒りの入り混じる表情で、ダビは、そう私に言い放った。「プロ・ニーニョス」の路上チームからの異動を指示された彼にとって、自分が抜けた後の路上活動の内容は、まったく納得のいかないものだった。路上暮らしをしている親子を見つけて、彼らが現状から抜け出せるように導くのではなく、近隣スラムに住む親子など、コミュニティに属する子どもたちとその親を主な対象に、ワークショップのようなことを行うものだからだ。その目的は、コミュニティに子どもの居場所をつくり、親に家庭生活や教育の大切さ、親の役割を伝えることで、路上生活に陥らないようにすること。それはそれで意義のあることだが、「路上活動」と呼ぶには、違和感のある内容だった。

「プロ・ニーニョス」のストリートエデューケーター(中央奥)は、メキシコシティを走る貨物列車の線路沿いに暮らす移民コミュニティの子どもたちにも、様々な学びの機会を提供する 撮影:篠田有史
ダビは、ある意味、その活動内容の変更のために、異動を命じられたようなものだ。ダビのやり方が、新たな活動に集中するチームの中で、不協和音を生んでいたからだろう。そして、その異動はダビにとって、「カサ・アリアンサ」を辞めた時とは異なり、受け入れざるを得ないものだった。ほかのNGOにはもはや路上チームすらないなか、これまで通り、NGO勤務で生活していくには、与えられた職務を果たすしかないからだ。
とはいえ、ダビは、ただ一時滞在施設のスタッフだけをやっているわけではなかった。
「ボクは、今もほぼ毎日、路上に出ているよ」
そう。ダビは、路上活動のスタッフとして雇ってもらえなくても、自分を待っている子どもや若者、親たちのもとを、ほぼ毎日、訪ねているのだ。
私は、何度か、一時滞在施設の夜勤を終えたばかりのダビと落ち合い、一緒に路上活動に出た。いつもまわっている地域を歩くと、そこここで、ダビの姿を見た若者が話しかけてきたり、困りごとを相談しはじめたりする。その多くは、幼い頃から知っている青年や若い女性だ。彼らは、長くアクティーボやもっと強い薬物を常用して生きてきたために、からだはもうボロボロ。年齢よりも老けてみえる者ばかり。
「特にパンデミック以降は、クリスタル(覚醒剤の一種)が一気に広がり、からだを壊す人間が増えた」
と、ダビ。クリスタルは、無臭で使用がバレにくく、一度使い始めるとやめられなくなる依存性の高い薬物であるうえ、使用が暴力も引き起こしがちなものだ。だからこそ、ダビは強く、こう思う。
「子どもたちには、危険な薬物にハマった親に暴力を振るわれたり、自分がクリスタルを使うようになってしまったりする前に、施設など、安全な場所で暮らせるようになってもらわなければ。そのために、路上で関わり続けることが大切なんだ」
パンデミックとクリスタル
クリスタルの使用が広がった2020年、まだ「プロ・ニーニョス」の路上チームにいたダビは、新型コロナのパンデミックによる外出自粛の中で、路上活動を続けていた。ただし、移動に地下鉄やバスなど、大勢が利用する公共交通機関を頻繁に使うのは感染リスクが高いため、訪問回数や地域を限定していた。状況を知った私たちは、1993年12月に故相川民蔵さんと共に設立し、ボランティアで運営するNGO「ストリートチルドレンを考える会」を通して、路上チームのために自転車を2台、寄付した。自転車があれば、地下鉄やバスに乗らなくても、彼らがカバーしている地域は十分まわれるからだ。
2020年12月、ダビと一緒に自転車を買いに行くことになった私と篠田は、その前に、彼と路上をまわることにした。デイセンターは感染防止のために閉鎖されていたので、訪ねる目的は、子どもたちをセンターへ誘うのではなく、日常の困りごとへの対応だった。
旧市街の地下鉄駅近く、私たちの顔馴染みもいる通りへ向かうと、青年が数人、建物の壁際に座り込み、ガラスパイプから白い煙を吐き出しているのが見えた。ダビが、「あれは、クリスタルだ」と教えてくれる。それまで、路上で覚醒剤を吸う子どもや若者を見たことがなかった私は、その光景に少し驚いた。

路上で、ガラスパイプに入れた覚醒剤「クリスタル」を燃やして吸う若者たち。日本円でほんの数百円ほど払えば1回吸う分が買えてしまうため、使い始めるとやめられなくなる 撮影:篠田有史
「以前から流通してはいたんだけれど、パンデミックで価格が下がって一気に路上の青年たちの間に広がったんだ。路上の問題がさらに複雑になってしまった」
そう嘆くダビによれば、以前(第12回で)触れた通り、クリスタルはもともと主に米墨国境地帯や米国内で、お金のある連中が購入する薬物だった。メキシコから米国へ密輸され、メキシコ国内ではあまり流通していなかった。ところが、パンデミックでその流れが止まり、困った密売組織が国内で安くさばくようになったために、路上青年たちの間でも、その売買と使用が広がったのだった。
「これから、彼らのそばにいるあの少女に話しかけるけれど、クリスタルを吸っている連中には構わないように。あの覚醒剤は時に人を凶暴にするから、危険を避けるためだ」
ダビは私たちにそう忠告すると、ゆっくりと道を渡った。彼が会おうとしているのは、青年たちの近くに立っている、野球帽を被った少女だ。
ビッキー
それは、ダビがずっと気にかけているビッキー。この時はまだ16歳だった。
「元気かい?」
ダビがそう声をかけると、ビッキーはバツが悪そうに帽子のつばを摘んで下へ引っ張りながら、俯いた。アクティーボをやっている子どもたちのような異様な臭いはしないが、クリスタルの影響下にあるようで、少し落ち着かない様子。ダビは、更に会話を続ける。
「お母さんとは会っているかい? 今も同じところにいるのかな」
ビッキーの母親は娼婦で、今いる通りから歩いて15分くらいのところに小さな部屋を持っているらしい。娘は、その母親を時々訪ねているようだった。
ビッキーが言う。
「ママは同じところにいるわ。昨日も会ってきた。それから――」
少女はダビをとても信頼しているらしく、近況を語り始めた。そんな少女に、ダビがある提案を持ちかける。
「もう一度、リハビリに通ってみないかい? ここから歩いて15分くらいのところに、自助グループがあるんだ。一緒に行ってみたらどうかな?」
ビッキーは、少し前まで依存症からのリハビリ施設で1年間、順調な回復プロセスをたどり、中学3年の勉強を終えようとしていたのだという。それが、ちょっとしたトラブルのせいで施設を飛び出してしまい、その後、あるバイト先で受けたセクハラをきっかけにクリスタルにハマってしまった。そんな少女に、ダビはもう一度やり直す気になってほしいと願っていた。

ダビ(右)の問いかけに答えるビッキー 撮影:篠田有史