imidas - 情報・知識&オピニオン

特集

「1995」再考

座談会 「1995」とは何だったのか/③「小春日和」の終焉

雨宮処凛(作家、活動家)

香山リカ(医師)

浜崎洋介(文芸批評家)

吉田徹(同志社大学教授)

(構成・文/加藤直樹)

(「②90年代と「鬼畜系」サブカルチャー」からの続き)
 1995年を再検証する、4人の論客による座談会。幸せな「小春日和」の先に待っていた風景とは?(収録日2026年4月4日)

震災とオウムで露呈した「何もできない日本」

浜崎 ぼくは、就職氷河期のまっただ中の2001年に日大芸術学部を卒業するんですが、試験時間を間違って大学院に行きそびれたこともあり(笑)、仕方なく塾の講師をはじめることになります。埼玉の郊外の私塾だったのですが、そこでいきなり持たされたのが中学3年の、しかも、3クラスあるなかで一番下のクラスだったわけです。
 当時は、偏差値20から偏差値40くらいの生徒たちが30人くらいいたと思いますが、大学の非常勤時代も含めて、そこでぼくは13年間教えることになります。さっき、ヤンキーの話が出ましたが、要するに、ヤンキーの相手を13年間したわけです(笑)。

浜崎洋介氏

雨宮 すごい。

浜崎 そして、そこで崩れていったものこそ、今まで自分が教わってきた、戦後的な「リベラル・マインド」でした。個人の自由を重んじる価値相対的な態度では、彼らをガバナンスすることはできないどころか、その瞬間、授業が崩壊してしまいますからね。
 では、どうすべきなのか? ……実は、この問いが、自分を「保守思想」に近づけた要因の一つになったと思っています。授業崩壊を防ぐのは、もちろん自分の生活を守る意味もありますが、授業に真面目に取り組む生徒を守る意味もあります。そこで私は、どのように教師の「力」(権力)を振るうべきなのかを考えはじめることになるのです。
 でも、それをポストモダン系のリベラリストに聞いても、何も答えが返ってこない。この子たちをガバナンスするためには、リベラルの言葉では対応できなかったんです。

香山 どういう言葉が刺さるんですか。「親のためにも頑張れ」とか?
 
浜崎 そもそも彼らは親を信じていないので、それは逆効果になります。
 そこで採った戦略が二つでした。一つは、必要があれば夜11時まで彼らの勉強に徹底的に付き合うという自己犠牲による「勾玉」戦略(笑)。それともう一つは、だからこそ「俺の言うことを聞けない奴は出て行け」という排除による「剣」戦略です。
 要するに「排除と包摂」のけじめということですが、双方ともに覚悟が必要です。たとえば授業中、ある生徒が「やってらんねぇよ」と騒ぎ出したとします。そのときに、もちろん「いいよ、いいよ」ではなだめられませんから、「出ていけ!」と言ったとする。でも、その後に出て行かせることができなければ、それは返って授業崩壊を招きます。言ったことに筋を通すには、最後は「からだ」でガバナンスするしかないんです。
 そのとき感じたのは、教育(ひいては国家経営)に必要なのは、相手の領域に踏み込むだけの明確な価値意識だということです。ある種の倫理(しつけ)を押しつけた上で始まるのが教育なんですから。でも、未だにリベラルは「価値は自由だよ」とか言ってるわけです。それじゃ教育はできません。そこに規範という問題が出てくる。何が正しくて、何が正しくないのかという「けじめ」の感覚がないと、人の前に立つことはできません。

香山 多様性とか言ってられない(笑)。

浜崎 言ってられない。だって、1対30ですからね(笑)。

香山 みんな違って、みんないい、ではダメなんだ。

浜崎 ダメでしょうね。もちろん、ある程度の自由や多様性は尊重しますよ。でも、その自由や多様性が可能になるのは、それ以前に「排除と包摂」のけじめがついているからです。その「自由の条件」を考える時間、それがぼくの20代だったように思います。
 ここで95年に話を戻すと、それはまさに、この「排除と包摂」を自分の頭で考えてこなかった「戦後日本の弱さ」が露呈した年だったように思えるわけです。そして、その象徴が、阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件でしょう。このとき、日本国家は、まさしく「リベラル・マインド」のなかで、右往左往するしかなかった。
 阪神淡路大震災では、当時の村山富市社会党政権が、災害救助に自衛隊を動かさなかっただけでなく、米軍からの援助の申し入れも断ってしまうという無為無策ぶりを晒しましたが、オウム真理教事件も同じです。地下鉄サリン事件という無差別テロを起こし、さらにはリモコンヘリコプターでの皇居へのサリン撒布計画を持っていたというオウム真理教に対して、「信仰の自由」を言い訳に、破防法(破壊活動防止法)を適用できなかったわけでしょう。まさに、国家の危機に際して、何の対応もできなかったわけです。
 これじゃ、「授業崩壊」もしますよ(笑)。その後の金融危機に対する対応の失敗で、「失われた30年」をもたらしたのも恐らく同じマインドでしょう。大学を出たての自分が、30人の子どもを前に何もできない自分に呆然としたのと同じで、本当は、ここから自分の「生き方」を考え直さなければならなかったのですが、それができなかった。

雨宮 そう思うと、かつてカウンター・カルチャーが成立したのは建前の文化が盤石だったからかもしれない。PTAとかそういう、正論を言う「ウザい大人」がたくさんいて、そういう安心感のなかで自分たちの文化を楽しめたという。

どっちに転ぶか分からない、宙ぶらりんな時代

浜崎 ちなみに、94年に阿部和重が『アメリカの夜』っていう小説を書いているんですが、舞台は、まさに90年代前半のセゾン文化華やかなりし頃の渋谷。
 
雨宮 敵ですよ、敵(笑)。
 
浜崎 そこに登場するのは、映画学校を卒業してフリーターをやってる20代半ばの「文化的」な青年たち。で、彼らは、常に「特別な存在」でありたいと願っているんですが、主人公の中山唯生だけは、そんな欲望の矛盾と凡庸さに苛立っている。というのも、その「特別」という観念は全て、経験からではなく、言葉(読書)から得ていたからです。それで、友人の自主映画に出ることを切っ掛けとして彼は、真の「特別さ」を取り込むために、ブルース・リーが考案した截拳道(ジークンドー)を始めるんですよ。
 
雨宮 うわあ、90年代っぽい。
 
浜崎 いかにもでしょう(笑)。で、ついに映画撮影の当日、唯生は暴力沙汰を起こして撮影を破綻させてしまうんですが、阿部和重は、それを「小春日和の時代」の終わりとして描くんです。
 これ、90年代の日本そのものでしょう。世界第2位の経済大国でありながら、平和主義を持って任じるモデル国家=日本、「特別」じゃん、みたいな(笑)。
 でも、そのころ、実は「小春日和の日々」は終わろうとしてたんです。ここから、その「小春日和」を引き延ばし、引き籠ろうとする人々が出てくると同時に、「小春日和」から出て現実をどう引き受けるかを問う人々が出てくる。後者の場合、たとえばポストモダンの左旋回としての柄谷行人のNAMがあり、右からは「新しい歴史教科書をつくる会」が出て来る。「大きな物語」なき後の「規範」をめぐる闘争、それが始まるんですね。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。反貧困ネットワーク世話人。バンギャ、フリーター、右翼活動家などを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。2006年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(2007年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』(‎河出書房新社、2023年)、『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書、2024年)など多数。

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

文芸批評家

浜崎洋介

はまさき ようすけ

1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

関連記事