座談会 「1995」とは何だったのか/②90年代と「鬼畜系」サブカルチャー
(構成・文/加藤直樹)
(「①イントロダクション」からの続き)
1995年を再検証する、4人の論客による座談会。続くテーマは「鬼畜系」!?(収録日2026年4月4日)
「鬼畜系」と「生きている実感」

雨宮処凛氏
そういう雑誌には死体写真とか載ってたりして、それ以外にも右翼も左翼もヤクザも差別問題も全てを相対化してバカにしてあざ笑うみたいな雰囲気だった。そのころ、私は世の中をすごく恨んでいたので、そういう文化にどっぷり浸かってた。そういうもので鬱憤を晴らしてたのかもしれない。周りの同世代がキラキラしているように見えて、そっちには乗れなかったんですよね。それで、私はこんなことも知ってるんだというのをプライドにして自己防衛していた。
『BURST』っていう雑誌が創刊されたのも95年でしたよね。死体写真の他に、ピアスとタトゥーとか、あと体に穴を開けたり変形させたりする身体改造を取り上げてた。そういうのがメインの雑誌でした。舌先を切って二つに割るスプリット・タンをテーマにした金原ひとみの『蛇にピアス』は、2004年に芥川賞を受賞しましたね。90年代はそういうのがすごく流行ってた。SMショーみたいなイベントもよくあったし。
私自身もリストカットをしてました。あのころ、リストカットしてる人たちの合言葉は「生きてる実感がない」というものだった。私自身も、実際にはいじめとか対人恐怖とか、そういうことがあってリストカットが始まったのだけど、当時は「生きてる実感がない」と言ってましたね。
今思えば、「生きてる実感がない」という言葉は、氷河期世代独特の強制モラトリアムというか、宙ぶらりんの苦しさから来ていた部分もあるのかもしれない。
でも今の生きづらい人たちは「生きてる実感がない」なんて言わないだろうと思う。貧困とかの、「生きている実感」を感じすぎるきついことがたくさんあるから。
その苦しみを、ぼくの言葉で言い直すと、それこそ「無規範」の感覚だったように思います。つまり、目の前の「図」を、自分に引き寄せて解釈する「地」がないという感覚です。
文化人類学者の山口昌男さんが「学際的」とか言って異分野の学者や学者とアーティストの対話を積極的にやってたし、そういう企画の本も続々と出てました。原宿にあった有名なクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」には村上龍が来てたりしました。
だからアンダーグラウンド・カルチャーの側にも、自分たちは底辺だとか、追い詰められているんだといった感じは全くなかった。ハイ・カルチャーの側も、アンダーグラウンド・カルチャーに接近することがむしろ自分のステータスになるという感じもあった。
今思えば、そういうこともセゾン文化的な富裕な資本に裏打ちされていたんだろうと思う。セゾンの手のひらの上で遊んでたみたいな。
そういう意味では、雨宮さんが話していたようなギリギリのところでやっていた90年代とは全然違ったなと思います。なんだか戦前の生き証人みたいな話をしてるけど(笑)。

香山リカ氏(左)と吉田徹氏(右)
僕は、90年代後半のアンダーグラウンド(J・A・シーザーの万有引力、唐十郎の紅テント、鈴木忠志、水族館劇場、月蝕歌劇団など)しか知りませんが、実際、そのとき、それらの劇団はすでに伝説に包まれていて、その70年代から80年代の「アナクロな伝説」を、なぜ、今、ここで消費しなければならないのか? という「虚構感」が拭えませんでした。 だから、90年代後半、アンダーグラウンドは、耽美的な『夜想』ではなくて、それらの「虚構」を切り裂く鬼畜系に行ったのでしょうし、それまでは経済的な豊かさで辛うじて抑え込めていた個々人の不安と不満、その暴力性が一気に噴出してきたんでしょう。
そう考えると、95年は全てが「曖昧」でしたね。冷戦が終わっているにもかかわらず非武装中立の夢は破れず、バブルは終わっているのに、デフレ前のポストモダンな感覚は残っていて、進歩主義の「大きな物語」はないのに、「大きな物語が終わったという大きな物語」には誰もが無自覚に寄り掛かっていた。この過渡期特有の「曖昧さ」、これが95年のリアリティだろうし、若い自分が苛立っていた「嘘」の感覚だったように思います。
著者情報
作家、活動家
雨宮処凛
あまみや かりん
1975年、北海道生まれ。反貧困ネットワーク世話人。バンギャ、フリーター、右翼活動家などを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。2006年からは貧困問題に取り組み、『生きさせろ! 難民化する若者たち』(2007年、太田出版/ちくま文庫)は日本ジャーナリスト会議のJCJ賞を受賞。著書に『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社、2023年)、『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書、2024年)など多数。
医師
香山リカ
かやま りか
1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。
文芸批評家
浜崎洋介
はまさき ようすけ
1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。
同志社大学教授
吉田徹
よしだ とおる
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。