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カエルツボカビ症は世界の両生類を絶滅させるのか?

「史上最悪」の野生生物感染症はどこから来たのか?

五箇公一(国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー)

 2006年が終わろうとしていた12月末に、テレビや新聞等で日本のカエルが絶滅の危機を迎えていると報じられ、ちょっとした騒ぎとなった。両生類に特異的な感染症、カエルツボカビ症の日本への上陸が発見されたのである。あれから1年以上が経過したが、果たして日本のカエルに異変は生じたのか?

カエルツボカビ症の日本上陸

 2006年12月に両生類特有の感染症であるカエルツボカビ症が、麻布大学の研究グループによって、ペット用の外来輸入カエルから国内で初めて発見され、社会的にも大きく注目を集めた。カエルツボカビ症は、カエルツボカビ菌が原因となる両生類の新興感染症で、近年の世界的なカエル個体群の激減をもたらしている要因の一つとされる。この菌は真菌の一種で、カエルの皮膚に寄生すると、皮膚硬化などの症状を示して死に至る。すでにオーストラリアや中米パナマでは、これにより局所的にカエルの個体群が絶滅する被害が起きている。
 この「史上最悪」とも称される野生生物感染症は、これまでアジア地域では未確認とされていたが、今回の発見が、くしくもアジア地域の初事例となった。カエルツボカビ菌の本来の宿主は、アフリカ原産のアフリカツメガエルと推測され、このツメガエルが実験用あるいはペット用に、大量に移送されたことから、本菌も分布を急速に拡大したと考えられている。

日本におけるカエルツボカビの監視

 日本には、オオサンショウウオに代表される固有の両生類が多数生息しており、本菌が野外に蔓延(まんえん)した場合、貴重な両生類の多様性が壊滅的被害を受けることも想定される。
 国立環境研究所では、07年2月より、本菌の分布状況を把握するため、室内飼育および野外生息のカエルの皮膚から、カエルツボカビDNAの有無をPCRによって判定するDNA検査を全国レベルで開始した。ところがこれまでの検査結果は、われわれの予想を覆すものであった。まず、海外から輸入され、室内で飼育されているペット用のカエルからは、海外で報告されているものと同一のDNAをもつカエルツボカビが多数発見された。一方、この菌の運び屋とされるアフリカツメガエルからは、海外で報告されているものとはDNAが異なる1系統のみが検出された。
 次に、北海道から沖縄にいたる日本各地から採集された約1500個体分の皮膚サンプルからは、3~4%という低率ではあるがカエルツボカビDNAが発見されており、さらにDNAの塩基配列情報から、日本のカエルツボカビには、上記の室内飼育個体から発見された2系統も含めて、多数の系統が存在し、両生類の種によって異なる系統が存在することが示唆されたのである。
 またDNA検査と並行して、麻布大学では、感染実験により本菌の在来両生類に対する病原性の調査を進めているが、これまでのところ、多くの種類がこの菌に対して感受性が低い(即ち、感染しにくい)ことが示唆されている。何よりも驚くべき発見は、日本固有の両生類であるオオサンショウウオからもカエルツボカビが多数検出された上に、それらは他の系統とはDNAが異なる特有の系統であり、さらに菌を保有するオオサンショウウオにも異常が認められていないことであった。

カエルツボカビはどこから来たのか?

 これらの状況から、カエルツボカビ菌にも多様性が存在し、一部の系統は、日本にもともと生息していたという可能性も示される。実際に、この1年間の調査でも、野外でカエルが大量に死んでいたという報告はなく、また野外で回収された死体からも本菌は発見されていない。このことは、もともと日本のカエルはカエルツボカビ菌との付き合いが長く、既に抵抗性を獲得している、というシナリオも暗示している。
 もしかしたら、日本あるいはアジアがカエルツボカビの起源かもしれないことになる。その理由として、上に述べたように日本では、(1)カエルツボカビ菌の遺伝的多様性が高い、(2)両生類に抵抗性がある、(3)これまで起源とされてきたアフリカツメガエルからは1系統のカエルツボカビしか見つかっていない(しかもそれはオーストラリア等で猛威を振るっているものとは異なる系統)、ということがあげられる。この仮説を裏付ける現象として、特に隣国中国では、伝統的にカエルを食用として、大量に増殖・流通しているが、やはり、これまで本菌による被害が話題になっている気配はない。
 もし、この仮説が正しいとすれば、アジアから輸出される両生類によって、カエルツボカビが世界中にばらまかれたことになる。特に、現在でも中国から食用・ペット用に養殖されたカエルが欧米に輸出されており、日本からオオサンショウウオが展示用に海外に移送されているケースもある。
 今後、カエルツボカビの分布拡大プロセスについては、従来のアフリカツメガエル起源説を見直して、詳細に解析する必要がある。

カエルツボカビは世界のカエルを滅ぼすか?

 日本における検査結果だけみても、これだけ新事実が噴出することから、この菌に関する情報がいかに不足しているかがわかる。その意味では、この菌が世界のカエルに及ぼす影響については未知数である。中米やオーストラリアのように、著しい被害が生じる地域もあれば、日本のように目立った影響が出ない地域もある。カエルにも、カエルツボカビにも変異があり、生息環境にも多様性が存在する。一元的に本菌のリスクを論じることはできない。
 しかし、カエルツボカビの発見はいくつかの示唆を我々に与えてくれる。それは、この菌が急速に世界中に拡散した、あるいは存在が確認された背景には、明らかに人間活動が深く関与している。
 いかなる寄生生物にも、長きにわたる進化時間を経て、共生関係に至った自然宿主が存在し、宿主と寄生生物との間の共生系が両者の多様性を育んできた。恐らくカエルツボカビにも付き合いの長い自然宿主となる両生類が存在し、カエルツボカビはその両生類の生息域でのみ生息していたに違いない。それがアジアかもしれない。
 しかし、人間がその宿主である両生類とともに、この菌を全く異なる環境に移送したことから、カエルツボカビはそれまで全く出合ったことのない、免疫のない両生類に対して重大な被害を及ぼすに至ったと考えられる。

生態系の共生関係をかく乱する人間の活動

 また、森林伐採や水質汚染、気候変動などの環境破壊によって、野生カエル個体群の適応度が落ちていることも、カエルツボカビの蔓延に関与している可能性が高い。われわれの研究では、農薬によって水田のメダカの免疫機能が低下して、寄生生物の感染率が高まる例が示されている。両生類についても、人間活動による生息環境の悪化が、抵抗力の低下をもたらしていることが考えられる。
 このことは、人間自身の脅威となっているAIDSやSARS、鳥インフルエンザなどの病原体にもあてはまる生物現象である。問題なのは病原体自身ではなく、病原体も含めた生態系の共生関係をかく乱している人間活動にある。そして、野生生物個体群の激減という現象は、カエルに限ったことではなく、さまざまな生物種で、同時進行で起こっているという事実にも目を向ける必要がある。

著者情報

国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー

五箇公一

ごか こういち

1965年生まれ。京都大学大学院農学研究科昆虫学専攻修士課程修了。96年に国立環境研究所入所。同研究所化学物質生態リスク評価研究室室長を併任。研究テーマは「入生物種による在来生態系の撹乱」「農業害虫のメタ個体群構造と薬剤抵抗性の生態遺伝学的解析」

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