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生物多様性はなぜ必要なのか?

ネットワークで形成される生態系

五箇公一(国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー)

 現在、地球に存在する生物種のうち、命名されているものだけで約200万種、未発見のものが1000万~1億種いるものと推定されている。地球に生物が誕生して6億年とされ、その歴史上5回の大絶滅が起こり、その度に誕生した生物種の90~99%が絶滅したが、あらたな生物が進化し、現在の生物多様性にいたっている。生物種は、さまざまな要因からつねに絶滅に瀕しているが、そのための危険分散システムの一つが「多様性」なのである。

さまざまな生物種で構成される地球の生態系

 かつて1961年にボストーク1号によって、人類で初めて有人軌道飛行を行ったソ連(当時)宇宙飛行士のガガーリン(1934~68年)少佐は、大気圏の外から地球を眺めたとき、「地球は青かった」という有名な言葉でこの美しい惑星を賛美した。
 地球は、われわれが知り得る限り、太陽系で唯一生命が繁栄する惑星である。その表層には青く美しい海と緑あふれる大地が広がり、そこにさまざまな生物種が生命活動を営み、生物圏(biosphere)を形成している。生物圏は一様ではなく、海には海の生き物、陸上には陸上の生き物が存在する。
 また陸上においても山岳や平野、森林や砂漠、川や湖のようにさまざまな環境が存在し、それぞれ独自の生物種が存在し、独特の生物活動が営まれている。これらの地域や地方ごとにおける生物と生物活動のまとまりを生態系エコシステム ecosystem)と呼ぶ。生態系は水たまりの中に形成されるような小さなものから、熱帯のジャングルに形成されるような大きなものまで存在する。小さな生態系はより大きな生態系に内包され、さらに地球上のすべての生態系が統合されて生物圏を形成している。

生態系とは地球上に生物が生きる上での必須システムである

 地球上の生態系は一様ではなく、さまざまな生態系が存在し、それぞれの生態系の中で物質とエネルギーの循環が行われると同時に、生態系の間でも物質・エネルギー循環が行われており、地球全体の生物相と地球環境の安定が維持されている。
 森林生態系はその豊富な植物相によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収して酸素を供給するという大気の浄化機能を有し、さらに微生物、昆虫、鳥や動物など多くの生物種を擁することで豊富な有機物・無機物が生産される。これらの栄養物が河川を通じ、海へ注がれることで沿岸の生態系に栄養物が供給され、海産生物相を豊かなものにする。
 このとき、河川や海水の富栄養化を防いでいるのが湿地・干潟の生態系である。湿地・干潟には無数のプランクトンやカニ、ゴカイ、二枚貝など無数の生物種が生息し、それらが「生物フィルター」として機能し、汚れた河川水や海水の水質浄化を果たしている。

たくさんの生物のいることでシステムは安定に維持される

 このように地球上にはさまざまな生態系が存在しているが、それぞれの生態系を構成し、その機能を維持しているのはさまざまな生物種である。生態系における生物種の数の大小を種多様性という。
 生態系において生物種の数が大きくなる、すなわち種多様性が高くなればなるほど、その食物網ネットワークは複雑になり、エネルギーや物質の循環ルートが多岐にわたるので、環境変動や人為攪乱(かくらん)によって生物種の一部が減少した場合でも、系全体の機能は大きく損なわれずに維持され、やがて元の状態に復帰するというふうに系の柔軟性と抵抗力が高まると考えられる。
一方、ある一種の生物種集団にとって集団内にさまざまな遺伝子型の個体が存在するほうが、環境変動に対して多様な反応を示すことができるので、集団の生存確率は高まる。これを遺伝子の多様性という。
 同様に、大気中の二酸化炭素を吸収して酸素を供給する森林生態系や水を浄化する湿地生態系など生態系にもバリエーションが存在することによって、さまざまな生態系機能が融合され、地域あるいは地球全体の環境安定性が維持されると考えられる。これを生態系の多様性という。

生物種は1000万~1億種。しかし一度失うと回復は不可能

 このように生物の遺伝子から個体群・種、生態系の多様性にいたるまでさまざまな階層での多様性を包含する概念を生物多様性という。地球上に存在する種は、種名が付けられているものだけでも180万種を超えるとされるが、未発見の種を含めるとその総数は1000万種とも1億種とも言われている。
 これだけの膨大な数の種によって多様な遺伝子プールが維持されると同時に、多様な生態系が全地球上に展開され、地球レベルでのエネルギーおよび物質循環が安定して行われているのである。
 現在、人間活動の著しい発展と拡大が地球規模での生物多様性の減少を招いており、生物多様性の保全は地球環境問題の重要課題の一つとなっている。このまま多様性の減少を放置すれば生態系機能が著しく低下し、最終的には人類の存続にもかかわると多くの生態学者は警鐘を鳴らしている。
 生物種は、たった一種でも一度失うと二度と取り戻すことのできない、かけがえのない存在であることを生態学者は主張する。その理由は、現在の生物多様性が築かれるまでにはとてつもなく長い生物進化の時間がかけられており、その減少を復元することは人間の寿命や世代といったタイムスケールでは、とうてい不可能だからである。
 なによりも、われわれ人間自身が、生物多様性とそれが維持する生態系システムの恩恵にもっとも依存した生物であることを忘れてはならない。生物多様性の崩壊は、われわれ人間の存続に関わる問題なのである。

著者情報

国立環境研究所侵入生物研究チームリーダー

五箇公一

ごか こういち

1965年生まれ。京都大学大学院農学研究科昆虫学専攻修士課程修了。96年に国立環境研究所入所。同研究所化学物質生態リスク評価研究室室長を併任。研究テーマは「入生物種による在来生態系の撹乱」「農業害虫のメタ個体群構造と薬剤抵抗性の生態遺伝学的解析」

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