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「刺繍のある日常」を取り戻せる日まで、どうか生き延びていて──私がパレスチナ・ガザとつながり続ける理由

北村記世実(「パレスチナ・アマル」代表)

(構成・文/仲藤里美)

「刺繍は生活の糧であると同時に生きがいでもある」

 少しずつ準備を重ね、北村さんは2013年、パレスチナの伝統工芸品を販売するショップ「パレスチナ・アマル」を立ち上げた。「アマル」はアラビア語で「希望」を意味する言葉だ。
 扱う刺繍製品は、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営する刺繍プロジェクト「Sulafa」で作られたもの。現地の女性たちの雇用を創出するとともに、パレスチナの伝統を守り伝えていくことを目的とした、1950年から続くプロジェクトだ。北村さんが初めてガザに行ったときに買ったストールも、このSulafaのものだった。
「Sulafaの刺繍センターには、製品を取り扱うようになった後も何度か訪問させてもらいました。刺繍の作業を担っている女性たちは300人くらいいましたが、シングルマザーの女性が多かったのが印象に残っていますね。家事や育児の合間に家でも仕事ができるので、働きやすいと喜ばれていました」
 仕事のないパレスチナ難民の女性であれば、基本的には誰でも就労が可能。刺繍の経験がない女性も、インストラクターに指導してもらって技術を身につけられる仕組みになっていた。北村さんが出会ったある女性は、「レバノン内戦で夫を亡くしたけれど、この刺繍で子ども2人を育てて大学まで通わせることができた。刺繍は生活の糧を得る手段であると同時に生きがいでもあるんだ」と、誇らしげに語ってくれたという。
 また、何度かガザを訪れる中では、刺繍センターを運営するUNRWAが展開する、幅広い活動の様子を目にすることも多かった。
「病院や学校の運営、水や食料の配給、破壊された建物の修繕や再建、職業訓練……。本当に隅々までUNRWAの活動が行き渡っていて、それなしにはガザの人たちの生活は回らない。単なる支援機関というよりは、ガザの『インフラ』のような存在だと思いました」

刺繍をするパレスチナの女性たち(写真提供・北村記世実)

破壊された日常

 しかし今回の戦争は、その「インフラ」をも人々から奪い去った。24年1月、UNRWAの職員の一部が23年10月のハマスによるイスラエル攻撃に関与していた疑いがあるとして、拠出額1位の米国、そして6位の日本を含む15カ国以上がUNRWAへの拠出金停止を表明。「このままでは活動が継続できない」として、UNRWA事務局長が国連総会などで支援の再開を呼びかける事態となっている。
「活動そのものの停止が与える影響はもちろん大きいですし、失業率が50%近いガザで、UNRWAは重要な雇用先でもあります。このままではUNRWAで働いていた人たちも収入を断たれてしまうわけで、ガザの人たちにとっては、『飢えて死ね』と言われているのに等しいと思います。
 そもそも、『職員が攻撃に関与していた』のが事実かどうかもはっきりしません。仮に事実だったとしても、UNRWAそのものが組織として関与していたわけではないのに、どうしてガザに暮らす200万人がその『罰』を受けなくてはならないのか、まったく分からないです。すでに拠出金再開を決めた国もありますが、日本も早く続いてほしい」
*24年4月2日、上川陽子外相は「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を再開し、2023年度内に予定していた約3500万ドル(約52億円)を拠出すると表明した」(東京新聞WEB)
 さらに2月には、Sulafa刺繍センターと同じ敷地内にあったUNRWAの運営する障害者施設が、爆撃を受けて破壊されたという情報が届いた。UNRWAの公開した画像には刺繍センターは写っていないものの、すぐ隣にあった施設の建物は焼けて骨組みが露出している状態だった。センターも同じように破壊された可能性は極めて高い。
「例え建物がなくなっても、あなた方の刺繍を愛している。停戦後、再びSulafaの刺繍を手にする日を待っている。だからどうか生き延びて」。北村さんは必死の思いで、Sulafaのマネージャーたちにそうメッセージを送った。センターで刺繍をしていた女性たちの中にも、安否すらわからない人が何人もいる。そして、北村さんの知人たちも多く避難する南部の町ラファも、イスラエル軍の攻撃にさらされ続けている。
「Sulafaで働いていた女性たちは、ただ刺繍で自分たちの生活を、日常を守りたかっただけ。その日常が破壊されてしまったことが、本当に悔しいし許しがたい。その思いでいっぱいです」

私は私のやり方で

 北村さんは23年12月、パレスチナ・アマルとは別に、新たにガザ支援のNGO「Amal for Gaza」を立ち上げ、寄付金の呼びかけを始めた。戦争が落ち着いてからの支援だけでは足りない。女性たちが刺繍作りに戻れるまでの間の、緊急支援の枠組みを作らなくてはと考えたからだ。
「まずは、現地にいるUNRWAの職員と調整して、Amal for Gazaに集まった寄付金を、刺繍をしていた女性たちに配れるようにしたいと考えています。Sulafaのマネージャーなども自宅を失って避難生活をしている状態だし、本当に手探りですが、できる限りのことをしたい」

 テレビやインターネットなどで伝えられるガザの惨状に、「知らなかった」と新たに関心を抱く人は多い。Amal for Gazaに寄付をしてくれる人、北村さんの講演会などに足を運んでくれる人も増えている。それを心強いと感じる一方で、「時間が経てばすぐに忘れ去られるのではないか」という危機感もあると北村さんは言う。これまで、大規模な戦闘などが起こるたびに関心が集まり、けれどそれは一時の熱で終わって、決して平和になったわけではないガザが置き去りにされる──という構図を、何度も目にしてきたからだ。
「でも今回、あれだけ破壊し尽くされてしまったガザで、もう一度人々が生活を取り戻すには、何十年というスパンで考えなくてはおそらく無理でしょう。現地に入ることはできなくても、今はSNSなどを通じて情報を得たり、ガザにいる人たちとつながったりすることもできる。そうしたつながりを通じて、なんとかこの先も多くの人たちに、ガザに心を寄せ続けてほしいと思っています」
 寄付をしたり、デモに行ったりするだけではない。SNSでガザに関する投稿を拡散する、パレスチナの国旗をかたどったピンバッジを身につける、友人との会話の中で、朝見たニュースを話題に出してみる……やり方はいくらでもあると北村さんは言う。自身も、手仕事を通じてガザの女性たちに思いを馳せる「刺繍ワークショップ」という新しい試みを始めたところだ。
 一人でも多くの人に、日常の中で自分にできることを見つけて行動に移してもらえたら、少しでも世界は変わっていくのではないか──。そんな思いを込めて、北村さんは、SNSにこう書いた。

「私は私のやり方で、ガザの女性たちを守ります。
みなさんは、みなさんの場所で、みなさんのやり方で、ガザのために行動して下さい。ガザと繋がっていて下さい。
私たちは無力じゃない」

著者情報

「パレスチナ・アマル」代表

北村記世実

きたむら きよみ

愛媛県出身。パレスチナを支援する医療系NGOの活動を経て、社会起業を志す。2013年9月6日、「パレスチナのモノでおしゃれを楽しむ」をコンセプトにパレスチナ・アマルを起業。オンラインストアや百貨店などでの催事にて、パレスチナの伝統工芸品の輸入販売を行う。イスラエルによるガザ侵攻後の23年12月、新たにガザを支援するNGO「Amal for Gaza」を立ち上げ。

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