imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

サイエンス

天然毒物、探索中

未知の化学物質を探究する宝探しの研究

北将樹(筑波大学数理物質系准教授)

 海洋生物は薬のもととなる化合物の宝庫です。筆者のグループでは、日本の沿岸に生息するアメフラシという軟体動物に注目してきました。彼らはアプリロニンAと呼ばれる非常に強い毒をもっていて、その毒はマウス実験においてがん細胞の増殖を抑え、死滅させる効果を示します。
 そのメカニズムについて、細胞を構成するアクチンフィラメント微小管の両方が作用標的であることまでわかってきています。微小管は、細胞を支える細胞骨格の一つとなるたんぱく質で、細胞分裂の際にも紡錘体を形成するなど、重要な役割を担っていますが、アプリロニンAはアクチンと相乗的に働いて、微小管の重合・脱重合を阻害します。細胞には、細胞周期といって、分裂・増殖のサイクルが備わっているのですが、このサイクルを止めると、細胞自身が異常を感知してアポトーシス、つまり「自死」していきます。それは無限の増殖をくりかえすがん細胞であっても同様で、最終的には自発的に死んでいくことになるのです。
 アプリロニンAは人工的に合成することもできるのですが、構造がとても複雑で、実験室レベルでは限られた量しか得られず、現状のままでは、臨床試験もできません。新しい制がん剤をつくりだすためには、構造をより単純化する必要がありますし、がん細胞だけで発現している異常な染色体のみを作用標的とするような、さらに選択的な機能をもった化合物をつくらなければなりません。それを実現するためには、コンピューターを活用した分子設計など、何か特別な視点や工夫が必要になるのだろうと思っています。

未知の天然毒物は宝物

 興味深い活性を示す天然由来の化合物は、身近なものについていえば、ここ10~20年ほどの間に掘り尽くされてしまった感があります。しかし、まだ誰も見つけていないものや、活性の本体を取り出せていないものが隠れているかもしれません。そして、熱帯雨林や亜熱帯、アマゾンのジャングルなど、生物多様性に富んだ未開の地にまで視野を広げれば、今までにない新しい働きをする天然物がどれほど存在しているか想像もつきません。
 それらを探し当てる研究は宝探しのようで、ビギナーズラックもあれば、何年かけても新しい物質にたどりつけないこともあります。ようやく探し当てたものが実はありふれた物質だったということもあれば、他の人に先を越されていたということもあります。
 それでも、他人があまり手を出さないような特殊な研究を進める意味は大きく、新しい場所へと赴き、他の分野の研究者たちと交流をもちながら、宝探しのような研究に勤しむのも楽しいものです。研究領域にしても、現実の世界にしても、誰も立ち入っていないフィールドには、まだまだ大きな可能性が秘められているのではないでしょうか。
 ところが、現実の世界ではある懸念がぬぐえません。熱帯雨林やジャングルを切り崩し、開発していこうとする動きはとどまるところを知りません。その行為は、可能性にあふれた生命の多様性とともに未知の貴重な資源までも永遠に失ってしまうことにほかならないのです。私たちの研究を通して、新規な活性物質の発見にとどまらず、ユニークな絶滅危惧種の動植物の保護や、生物多様性の保全活動の促進につながることを願っています。

著者情報

筑波大学数理物質系准教授

北将樹

きた まさき

1976年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程中退。博士(理学)。天然由来の生物活性物質の構造と機能の解明を専門とし、動物由来のユニークな毒の基礎研究と応用利用を目指している。日本各地をはじめ、アメリカ、オーストラリア、メキシコ、キューバと渡り歩き、文明から隔絶されたエリアでのフィールドワークで動物の毒を集めるなど、未知の天然物質の探索に挑む。平成23年度日本化学会進歩賞受賞。

関連記事