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サイエンス

天然毒物、探索中

未知の化学物質を探究する宝探しの研究

北将樹(筑波大学数理物質系准教授)

 自然界には無限ともいえる化合物が存在します。中には、私たちの体に強い反応、すなわち活性をもたらすものも多く、ときにそれらは「毒」となりますが、扱い次第で今までにない「薬」に転用できることもあります。特に、植物や動物、微生物といった、生物由来の毒は、複雑で多様性に満ちた構造や機能を備えていて、潜在的な可能性に満ちています。
 生物たちが毒をもつことは、獲物の捕獲や防御の手段としてメリットがある半面、大きな代償もともないます。毒物をつくるためには相当なエネルギーを必要としますし、体内にためておくこと自体が危険です。それでもなお、毒をもつ生物がいるということは、毒のメリットがデメリットを上回っているということで、そこには生物の進化や生態学に関わる興味深い事例も見え隠れします。

毒探しはやめられない

 未知の天然有機化合物(天然物)を探しだすためには、実際に自然の中へと赴き、動物を捕獲するようなフィールドワークが欠かせません。たくさんの荷物を背負って外国の人里離れた奥地まで立ち入ることも、山岳地帯のような険しい場所でキャンプをすることもあります。しかし、そうした活動も山登りをたしなんできた筆者にとっては仕事に趣味が通じているようなものですし、実験室に閉じこもっているよりも楽しく感じます。そしてもう一つ、自然界で暮らす生物たちや自然界の情報をじかに観察しなければ、天然物の実際の働きやメカニズムは理解できないのではないかと、筆者は考えています。
 また、フィールドワークは生態学や進化生物学など他の分野の研究者たちと共同で行うことも多く、自分の領域とは違った視点をもつ人たちから学ぶことは新鮮で面白く、刺激になるものです。
 もちろん、自然の中での活動にはトラブルも付きもので、毒をもつ動物に噛まれたり刺されたりすることも覚悟しなければなりません。さいわいにして、筆者は今のところそうした目には遭っていませんが。

自然界には進化した未知の毒が隠れている

 強い活性をもたらす化合物は、鉱物などにもみられますが、興味深いのは生物に由来するものです。中でも、多様で複雑な構造やメカニズムを備え、より強い活性をもたらす毒物には一層の興味をひかれます。
 一部の生物たちは、生存のために毒をもつように進化してきました。それは同時に、毒となる化合物そのものも、分泌、蓄積、相手への使用という連鎖の中で次第に洗練され、化学的に進化してきていることを意味します。彼らの毒を調べていくと、化学的な構造からは予想もつかない特殊な働きをみせるものに出合うことがあるのです。

毒とは、そもそも

 ヒトをはじめ、生物の体はホメオスタシス恒常性)によって適切な状態に維持されています。恒常性は外部からの影響も受けますし、血圧や血糖値などの変化に対しても一定の範囲に保つべく絶えず調節をしているものですが、その恒常性を乱す化学物質を毒物ということができます。
 一般に、「強い」毒物は神経系に働くものが多く、動物たちの毒にもよくみられます。神経組織では、長く配列した神経細胞から神経細胞へと順次信号を伝達していきます。この信号伝達にあたっては、カリウムやナトリウムなどのイオンや、アセチルコリンなどの小さな分子が、重要な役割を担っています。神経細胞には、こうした神経伝達物質を細胞から出し入れするイオンチャネルなどの構造物(受容体)があります。細胞内外の変化を受けて信号伝達に必要な化学反応が進むのですが、神経毒にはこれらの受容体に結合して神経細胞の機能をブロックしてしまうものがあります。
 すると、神経系の信号伝達が遮断され、マヒや呼吸器系の機能不全を起こすなど、重篤な症状にいたります。あるいは逆に、神経伝達を異常に活性化することもあり、そうした場合はけいれんを引き起こしたりします。

人間は毒とどう関わってきたのか

 人と毒との関わりは古く、ヤドクガエルの皮膚から分泌される神経毒を使う毒矢をはじめ、多くは殺傷の目的で利用されてきました。しかし、注目すべきは、毒から薬をつくりだす展開です。毒というものは一定以上の濃度であると、まさに毒として働きますが、適切な濃度で用いれば、また違う働きをみせることがあります。
 南米原産のキナという樹木の樹皮から抽出するキニーネという成分は、マラリアを引き起こすマラリア原虫に対して特異的に毒として働くため、特効薬として古くから知られています。人工の毒物でも、たとえば1930年代に開発され、第二次世界大戦中に使用されたナイトロジェンマスタードは、その後の研究で、がん細胞のDNAに結合し、細胞の増殖を抑える作用が見いだされました。そして56年になると、揮発性を抑えるように化学構造を少しだけ変えたシクロホスファミドが開発され、抗がん剤として臨床の場で用いられるようになりました。

がんの痛みをやわらげたい

 末期がんの患者を苦しめる強烈な痛みは神経因性疼痛(とうつう)といって、ふつうの痛みのメカニズムとは異なり、神経そのものが損傷を受けることで生じるため、通常の痛み止めでは役に立ちません。この疼痛を緩和するためにモルヒネなどが使われますが、効果がないことや副作用のために使用できないことがあります。しかし、アメリカでの話になりますが、イモガイという貝類の毒を使って疼痛を緩和する治療が行われています。イモガイにはコノトキシン類というペプチド毒が含まれており、痛み情報の伝達を遮断する作用があり、その作用が注目されています。ただし、効果を得るためには、脊髄などの神経系に直接針を刺して投与しなければならず、相応の困難がともないます。

無毒の生物が毒化する

 動物がもつ毒には、自分自身の体内でつくられるケースと、食物連鎖によって外部から体内に蓄積するケースと二通りあります。前者の場合では、もともと特定のペプチドやたんぱく質などの遺伝情報がその動物自身のDNAに書き込まれています。対して後者の場合では、おもに海洋生物でみられるように、他者である微生物がつくりだすポリエーテル化合物などをため込み、自らの毒としています。
 たとえば、海のある水域が「富栄養化」して、有毒プランクトンが周期的に大発生することがあります。それは赤潮の原因になるだけでなく、食物連鎖などで移行することで、貝類や魚類が毒化する場合があります。
 同様の毒化は二枚貝でもみられ、最近では大阪湾でのにアサリによる食中毒などが報告されています。膨大な海水を吸ってバクテリアやプランクトンを栄養分としてこし取っていく過程で、有害な成分をつくるものも体内に取り込んでしまうのです。
 このような事例の直接の原因は、海水の温暖化です。それまで熱帯や亜熱帯地域でしか生息できなかった微生物の繁殖域が、温暖化によって広がってきているのです。今後も、シガテラ中毒のような熱帯地域の風土病が日本近海にまでおよぶ可能性が危惧(きぐ)されています。シガテラ中毒もまた微生物に由来するポリエーテル化合物による食中毒で、世界では年間約2万人が罹患(りかん)します。致死性ではありませんが、体の触覚や、特に温度感覚に異常をきたす後遺症をもたらします。また、効果的な治療法は確立されていません。

なぜ、自分の毒にやられないのか

 毒をもつ動物たちは、なぜ自分の毒にやられないのでしょうか。
ヘビなど「(毒をもつという意味で)進化の程度がより進んでいる生物」の場合、毒を分泌する毒腺や毒をためる毒嚢(どくのう)が、他の器官や循環器系と分かれて体内で独立していることが挙げられます。また、たんぱく質でできた毒物の多くは活性がとても強く、そのまま体内にため込んでいるのは危険です。そこで、活性が強くなる一段階前の「前躯体」としてため込んでおいて、いざ使うときにペプチド鎖の一部を加水分解するなどして毒性を発揮するようにするという例もあります。
 哺乳類にも毒をもつものがいます。かなり珍しいのですが、トガリネズミカモノハシソレノドンなどが挙げられ、その毒はヘビなど爬虫類と同じく、唾液腺や毒腺から分泌されます。筆者はこれらの動物のユニークな生態に特に興味をひかれて、研究対象としてきました。
 一方、魚など「進化の程度があまり進んでいない生物」の場合、フグの卵巣や肝臓の例にみられるように、必ずしも毒をもつ組織が体内で独立していません。しかし、フグの場合には、毒物が結合するイオンチャネルの形が、他の生き物たちのそれと微妙に違っているので、自分の毒が自分のイオンチャネルに作用しないようになっているのです。

沿岸の軟体動物ががんの特効薬に

著者情報

筑波大学数理物質系准教授

北将樹

きた まさき

1976年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程中退。博士(理学)。天然由来の生物活性物質の構造と機能の解明を専門とし、動物由来のユニークな毒の基礎研究と応用利用を目指している。日本各地をはじめ、アメリカ、オーストラリア、メキシコ、キューバと渡り歩き、文明から隔絶されたエリアでのフィールドワークで動物の毒を集めるなど、未知の天然物質の探索に挑む。平成23年度日本化学会進歩賞受賞。

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