いまクラフトビールがアツい!
田中徹((株)ステディワークス代表取締役)
(構成・文/本間公子)
のど越しの良さを追求した大手メーカーのビールとは異なり、香りや苦みなど個性的な味わいが魅力の「クラフトビール」。近年、都市部を中心に専門店のオープンが相次ぐなど、ビール系飲料の国内市場が縮む中で存在感を増している。都内に5店舗を構える人気のクラフトビール専門店、「CRAFT BEER MARKET(クラフトビアマーケット)」の田中徹オーナーに、その魅力を聞いた。
「地ビール」から「クラフトビール」へ
クラフトビールとは、大手メーカーで大量生産されるビールに対し、小規模なビール醸造所(ブルワリー)で造られるビールのことです。高い技術を持ったビール職人(ブルワー)が品質を第一に考えて手造りしていることから、“手工芸品(クラフト)”に例えてこう呼ばれるようになりました。
日本におけるクラフトビールの歴史は、今から20年ほど前にさかのぼります。1994年の酒税法改正でビールの最低製造量が年間2000キロリットルから60キロリットルへ大幅に引き下げられ、少量生産でもビールの製造免許が取得できるようになりました。この規制緩和を機に全国各地に小規模なビール製造会社が誕生、さらに町おこしを目的に自治体主導の第3セクターなどが次々と参入したことから「地ビール」と呼ばれ、一大ムーブメントが巻き起こったことを覚えている方もいるのではないでしょうか。
しかし、このブームはあっという間に終息してしまいます。当時は醸造技術が未熟な造り手も多く、十分なクオリティーを維持できませんでした。一方、消費者も地ビール独特のクセのある味に慣れておらず、大手メーカーのビールよりも値段が割高だったことから、“地ビール=高くておいしくない”というネガティブなイメージが定着してしまったのです。こうして、最盛期には300社ほどあった地ビール会社は半数近くまで減少してしまいました。
風向きが変わり始めたのは2005年ごろ。多種多様な種類を持つベルギービールに注目が集まるようになり、都内にもベルギービアバーなどがオープンして、その複雑で奥深い味わいにハマる人が徐々に増えていきました。一方で、地ビールブームが下火になった後も、一部の職人は「おいしいビールを造れば必ず売れる」と、醸造技術を向上させるために努力を続け、高品質な国産ビールが続々と登場。世界のコンペティションで賞を取るまでに成長し、ベルギービールをきっかけに“味わいのあるビール”に魅せられた消費者からも支持を集めるようになりました。こうして、かつて「地ビール」と呼ばれた小規模生産者のビールは「クラフトビール」の名で新たに脚光を浴びるようになったのです。
日本のクラフトビールは、クラフトビール先進国ともいわれるアメリカの影響を強く受けています。アメリカでは自家醸造を規制する法律がないので、家族や友人で楽しむために自宅でビールを造る醸造家(ホームブルワー)が多く、趣味が高じてブルワリーを立ち上げる人まで現れています。1990年代後半から個性的なビールを生産する小規模醸造所(マイクロ・ブルワリー)が爆発的に増えた結果、ビール市場の1割をクラフトビールが占めるまでになりました。ちなみに日本のビール市場でクラフトビールが占める割合はいまだ1%程度。ここ数年でクラフトビールのファンが急増している実感はありますが、まだまだ伸びしろはあると思います。
クラフトビール、その多様性がおもしろい!
クラフトビールの魅力は、なんといってもその種類の多さです。ビールは、ラガー酵母(下面発酵酵母)を使用して低温で発酵・熟成させた「ラガータイプ」と、エール酵母(上面発酵酵母)を使用して常温で発酵させる「エールタイプ」の2種類に大別できます。

さらに、醸造方法や原材料、苦みと甘みのバランス、色、香り、ボディの強弱など、様々な要素によって100以上のビアスタイル(種類)に細分化されますが、日本の大手メーカーのビールは、ほとんどがラガータイプの中の「ピルスナー」という分類に入ります。一方、いまアメリカで流行しているのはエールタイプで、なかでもホップを大量に使い香りや苦みを際立たせたIPA(インディア・ペールエール)というスタイルが大人気です。
ここでは、数あるビアスタイルの中から代表的なものをいくつか紹介しましょう。
【ラガータイプ】
・ピルスナー(Pilsner)
ドイツ人によってチェコのピルゼンで誕生したビール。淡色で、ほどよい苦みと爽快なのど越しが楽しめる。アサヒビールの「スーパードライ」やキリンビールの「一番搾り」など日本の大手メーカーのビールは、ほとんどがこのタイプ。
【エールタイプ】
・ペールエール(Pale Ale)
イギリス発祥の琥珀(こはく)色のビール。ホップの苦みと爽やかな香りが特徴。
・アイピーエー(IPA)
インディア・ペールエールの略。18世紀にイギリスからインドへビールを運ぶ際、劣化を防ぐために抗菌作用のあるホップを大量に使ったことから生まれた。グレープフルーツやオレンジなど柑橘系の香りで、苦みが強いのが特徴。
・ヴァイツェン(Weizen)
南ドイツ発祥のビール。原料の50%以上が小麦麦芽で、苦みは弱く、フルーティーな香りとまろやかな味わいが楽しめる。
・スタウト(Stout)
「ギネス」に代表されるアイルランド発祥のビール。ローストした麦芽によるコーヒーのような香ばしさに、カラメルのような甘みとスッキリした苦みが特徴。「黒ビール」とも呼ばれる。
・フルーツビール(Fruit Beer)
果物を使って造るビール。麦汁に果物を加えてから発酵させるものと、最後に果汁を加えるものの2種類に大別される。リンゴ、イチゴ、梨、桃など、使用する果物によって味や香りが変わるのが特徴。
ビール職人たちは、どんな人にどんなシーンで飲んでほしいのか、ビールが苦手な人にもビールのおいしさや楽しさを伝えるにはどうしたらいいのか、といったことを考えながら自分が造りたい味や香りをデザインし、使用する酵母やホップなどの原料を選んで醸造を始めます。ワインや日本酒が完成まで1~2年かかるのに対し、クラフトビールは1カ月ほどで仕込めるので、職人のセンスやアイデアがすぐに反映されるのもおもしろいところ。クラフトビールは職人やブルワリーの数だけビアスタイルが存在するといっても過言ではありません。それほど多様で、オリジナリティーにあふれているのです。
個性際立つ注目のブルワリー
現在、日本国内にあるブルワリーは約200。なかでも、“元祖地ビール”と呼ばれ、日本のクラフトビール界を牽引(けんいん)しているのが、神奈川県厚木市にある「サンクトガーレン」です。
同社の岩本伸久社長と、その父親である故・岩本光生氏は早くからアメリカのクラフトビールに惚れ込み、地ビールが解禁になる前からアメリカでビールを小規模生産して日本に逆輸入していました。岩本親子のチャレンジはビール醸造の規制緩和議論に火をつけ、94年の酒税法改正に大きく貢献しました。同社のビールは2006~08年のインターナショナル・ビアコンペティションで3年連続最多メダルを獲得するなど海外でも高く評価されています。現在の代表銘柄はフルーツビールの「湘南ゴールド」で、希少品種の神奈川県産オレンジ「湘南ゴールド」を皮から実まで丸ごと使い、柑橘の華やかな香りを最大限に生かした一杯です。
このほか、注目のブルワリーは、静岡県伊豆市の「ベアードブルーイング」と長野県軽井沢町の「ヤッホーブルーイング」の二つ。
「ベアードブルーイング」は2000年に親日家のアメリカ人、ブライアン・ベアード氏が妻のさゆりさんと一緒に設立した家族経営のブルワリーです。国内のみならず海外のビアパブでも大人気で、14年、静岡県内に工場を新設して製造規模が約10倍になりました。代表銘柄は、アメリカ産のホップをたっぷり使い、さらにドライポッピングという手法で苦味や香りを最大限まで引き出した「スルガベイ インペリアルIPA」など。
1996年、星野リゾートグループのビール醸造会社として創業した「ヤッホーブルーイング」は、クラフトビール市場でトップシェアを誇ります。97年に“家庭で飲める本格エールビール”として誕生した「よなよなエール」は、スーパーやコンビニエンスストアでも購入できる手軽さと、インターナショナル・ビアコンペティションで8年連続金賞を受賞した実力を兼ね備えた看板銘柄。同社は2014年、キリンビールと業務・資本提携を結ぶなど、商業的にもチャレンジしている大手ブルワリーです。
広がるクラフトビールの楽しみ方
著者情報
(株)ステディワークス代表取締役
田中徹
たなか とおる
1980年、東京都生まれ。日本大学卒業後、外食企業を経て2010年に(株)ステディワークスを設立。2011年にCRAFT BEER MARKET(クラフトビアマーケット)虎ノ門店をオープンしたのを皮切りに、12年に神保町店、13年に淡路町店、14年に三越前店、高円寺店と5店舗まで拡大、クラフトビールブームの一翼を担っている。