精緻の極み、昆虫竹細工の世界
齋藤徳幸(昆虫竹細工作家)
空を舞いながら交尾するトンボ。蝶を捕まえたカマキリ。竹で作られた小さな虫たちの全身から、躍動感や緊迫感があふれ出て目が離せない。
それでいて、優雅な弧を描く触角や、透かし編みのような翅脈は昆虫たちの美しさを見せつけ、産毛と見まがう脚のトゲや、雌雄で異なる特徴など、細部は図鑑から抜け出てきたかと思うほど油断なく作り込まれている。
誰にも真似のできないような竹細工を、独学で作り続ける齋藤徳幸さんに、制作秘話を伺った。
迫力が、凄い!
――まず、少し離れたところから見て。作品からは、静止しているにもかかわらず、生きているような迫力が感じられます。ポーズはどうやって決めるのでしょうか。
齋藤徳幸(以下、齋藤) 写真や図鑑からイメージを得て、完成時の雰囲気を考えて決めています。虫は単体では動きを表現しにくいので、できるだけ左右対称にならないように、脚の位置をずらしたりしています。単体で感情が出るポーズができるのはカマキリくらいですね。カマをもたげたり、頭に角度をつけたりすることで、威嚇したり、狙いを定めたりしていることを表現できる虫です。
また、トンボの交尾や、巣に群がる蜂、カマキリと捕食される虫のように、何体かを組み合わせることもあります。捕食するカマキリを作品にするときには、先にカマキリを作ってから捕食する虫を決めるんですよ。「蝶にしてみようかな、蜂にしてみようかな」と考えながら作り上げています。
モデルやポーズを決めるときもそのあとも、図面は描きません。翅と体とのバランスを見るために、最後にスケッチを描くことはあるのですが、全体的な設計図は起こさずに制作していきます。
――モデルはどのように選んでいるのでしょう?
齋藤 図鑑やインターネットで見て、ピンと来たものを選んで作ります。ただし、材料の竹が筒状で、1センチほどの厚みしかないので、どうしても作れる昆虫は限られてきます。たとえばカブトムシのような厚みのある虫は難しい。クワガタが厚みの限界でした。
また、基本的に色をつけないので、竹の幹と枝を使ってできるもので、形にはっきりとした特徴がある虫を選んでいます。そうしないと、たとえばアゲハチョウとクロアゲハは、色がついていれば歴然ですが、竹細工では違いを出せません。そんなわけで、大きくて特徴があってよく目立つ、海外の虫をモデルにすることも多いですね。
逆に身の回りの虫たちをモデルにすることもあります。子どもの頃から親しんだ、カマキリやショウリョウバッタ、カワトンボなどが多いですね。一番好きなのは、翅が黒くてひらひら飛ぶカワトンボ。他のトンボが一直線に飛ぶのに比べ、少し頼りなくも見える飛行姿が気に入っています。カワトンボは尻尾が長いので、交尾のときに尻尾でハートができる。それもモデルにしているんですよ。
竹へのこだわりが、凄い!
――竹だけで作られているとは信じがたいほどの造形です。どのように作られているのでしょう?
齋藤 作品はほぼ原寸大ですが、一体につき、多いものは約300パーツで構成されています。オオカマキリは頭だけで13パーツ。ほとんどすべてを竹で作りますが、丸い小さな目には石を使うことがあります。
――作りたい虫や、パーツによって竹を使い分けることもあるのでしょうか。
齋藤 竹には孟宗竹や真竹などいろいろ種類がありますが、だいたい真竹で作ることが多いですね。孟宗竹は堅いので細工には向かない。その点、真竹は柔らかいので、さくさく切れます。竹の面白いところは、その強度。木を1ミリ以下まで細くすると簡単に折れてしまいますが、竹はどこまで細く裂いてもなかなか折れない。だから6本脚だけでも自重を支えられるんです。
特殊な竹を使うこともありますよ。ホウライコマチという竹は、輪切りにしてみると、真ん中にちょっと穴が開いているだけで芯が詰まっているので、木のように彫刻することができるんです。
クワガタやカミキリムシの背中には、ラッキョウダケという竹の独特の丸みを利用します。
逆に竹の形からアイデアをもらうこともありますね。ソロバンダケという、算盤の珠のような節がついている竹があるのですが、この形からインスパイアされて、ウルトラマンの「カネゴン」を作ったことがあります。節を割って、削って、目をつけたらそっくりになりました。
変わったところでは、「この竹で作品を作ってほしい」という依頼を受けたこともあります。高知県でしか採れない虎斑竹(とらふだけ)という、淡竹(はちく)の一種で、表面に独特な虎皮状の模様がある品種です。この竹で、同じ高知市の特別天然記念物、ミカドアゲハという蝶を作りました。真竹とは違う、独特の風合いが出て面白かったですね。
――ところどころ黒い部分がありますが、もともと模様のある竹や、黒い竹を使っているのでしょうか。
齋藤 エゾシロチョウの触角には、煤竹(すすだけ)という、黒く燻した竹の皮を使っています。ただし、ゴマダラカミキリの触角は、煤竹ではありません。一つ一つ節を作ってつなげているのですが、各パーツの先端を火であぶり、黒くしていますし、背中のまだら模様は熱したコテを押し付けて焦がしています。
基本的に色はつけない主義ですが、ある程度の濃淡をつけないとメリハリが出ないので、ドルーリーオオアゲハの腹にも、コテで線をつけています。
――さまざまな種類の竹はどうやって入手するのでしょう?
齋藤 家の周りに生えているのはほぼ孟宗竹なので、作品用の竹は購入することもあれば、珍しいものは富士竹類植物園という、竹専門の研究施設から譲ってもらうこともあります。
精緻さが、凄い!
――近づいて見れば見るほど精緻な作品です。カマキリやトンボの脚についている0.1ミリほどのトゲも、見事に再現されています。どこまで細かく忠実に表現しようとしているのでしょうか。
齋藤 脚のトゲは、必要があれば一本一本接着しています。最初はつけるつもりがなかったのですが、途中経過をインターネットで公開していたら、見ていたトンボ好きの人から「つけたほうがいい」とアドバイスを受けたんです。トンボ好きの人は、特別、虫への愛が深い印象がありますね。
ただ、あまり実物に近づけすぎると、気持ち悪さが出てきてしまうんです。以前、ハナカマキリの胴体を作り込みすぎて、生理的な気持ち悪さを感じてしまい、結局、作り直したことがあったので、そうならない程度に抑えます。
逆に、クワガタのお腹など、実物がツルッとしすぎていて虫らしさを感じらにくいところには、装甲のようなひだを余分に加えたり、蝶の触角や口吻を、実際より見栄えがよくなるように長くしたりすることもあります。
このように、造形上のデフォルメをすることはありますが、生物学的な正確性に注意を払っているポイントもあります。インターネットに作品の写真を上げている以上、いい加減なことはできないのです。たとえば雄と雌の違い。トンボが交尾するときは、雄が上になるのですが、雌の首根っこを押さえつけるために、尻尾の先にY字形の鉤があるのです。雌には鉤がありません。
標本ではなく作品ですから、こうした点にこだわりすぎなくてもいいのかもしれませんが、せっかくなら見た人を唸らせるくらいに作り込みたいと考えています。
――蝶やトンボの、繊細な翅も目を引きます。どうやって作るのですか?
齋藤 まず竹ひごで外枠を作ります。1ミリ以下の厚さ、細さに竹を切り、熱したコテをあてて曲げる。実物の虫の翅には脈(翅脈)があるので、外枠の中に、一本一本の脈を接着剤でつけていきます。特に蝶の場合、色は複雑でも、翅脈は意外とスカスカのこともあるので、網目のように模様を入れることもあります。実物どおりに表現するときには、スカスカ具合がさみしいので、「竹紙(ちくし)」を貼り付けます。
竹紙には、「竹から作った紙」という意味もありますが、ここで言うのは、竹の内側から取れる薄皮のことです。中でも、淡竹(はちく)は竹紙が一番きれいに取れる。割ると内側の竹紙がほぼはがれて浮き上がっている状態なので、手でぺりぺりとはがしていくのが気持ちいい。破れやすい薄膜ですが、その分、翅の繊細さを表現できます。
独自の研鑽、が凄い!
――これほどの細工物を作れるようになるまでに、何年くらいかかったのでしょう?
齋藤 竹細工を始めたのは、10年ほど前のことです。僕は静岡県の松崎町という、伊豆半島の突端にほど近い町で育ちました。海と山しかないようなところで、男子はみんな、放課後や夏休みになれば虫採りに行ったり川に行ったりして遊ぶ。特別に虫が好きというわけではないのですが、自然と虫に親しんで大きくなりましたね。
高校を卒業してからは東京で働いて、10年ほど経ってから家庭の事情で故郷に帰ってきたのですが、東京でのオーバーワークに加え、地元でも働きすぎて体を壊してしまいました。そこで少し仕事をセーブしたら、夜に何もやることのない時間がぽっかり空いてしまった。そんなときに思い出したのが、祖父や父がかつて趣味で作っていた竹細工。静岡県ではもともと、「駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)」という伝統工芸が盛んで、竹ひごを使った虫かごなどが有名です。父も趣味の域を超えて、知人の民芸品店に作ったものを置いてもらったりしていました。
父が生きていた頃は見ているだけでしたが、暇を持て余すようになり、「周りに竹はいっぱいあるし、何か作ってみようか」と思って始めたのがきっかけです。
――最初はどんなものを作ったのでしょう?
著者情報
昆虫竹細工作家
齋藤徳幸
さいとう のりゆき
1967年生まれ。中央工学校建築設備設計課卒業。東京の建築会社で機械設備設計業務に従事。現在、地元の建築設備会社にて設計教務に従事しながら竹細工の製作を行っている。