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変革への闘い

パンデミック下での教育格差を抑える メキシコの挑戦3 学びと暮らしと命を守る

工藤律子(ジャーナリスト)

 毎日を保育園で過ごす小学生たちは、宿題をしたり、食事をしたりしているだけではない。時には自分のきょうだいを含む園児たちの遊び相手、保育士のサポート役にもなっている。

ディアナが運営するNGO「オリン・シワツィン」の保育園の受付で宿題をする小学生。保育士の夫がボランティアでサポートしていた。撮影・篠田有史

 

「子どもたちをここに預けられるので、本当に安心して働けます」

 夕方5時に子どもを迎えにきた親たちは、一様にディアナたちの活動への感謝を口にする。もし保育園がなかったら、子どもたちは食事に困るだけでなく、ひたすら家に閉じこもっていなければならず、危険にさらされるからだ。

「貧困家庭の場合、大勢で狭い場所に住んでいることが多く、パンデミックで失業したり、仕事が減ったりしてストレスが溜まった父親や義父、叔父などによる暴力問題も、深刻化しているの」

 ディアナが真剣な顔で言う。2020年6月初め、彼女のFacebookに、笑顔の少年の写真がアップされた。タデオくん、6歳。つい1年前まで保育園に通っていた、愛嬌のある優しい少年だ。彼が突然、死んでしまった。

「同居している叔父が、昼間から酔っ払って、タデオをアパートの3階の窓から放り投げたの。即死だった」

 ディアナの言葉に、悲痛な思いがにじむ。もし彼がふだん通りに学校へ行けていたなら、その命は失われずにすんだのではないか。

 

子どもを支える

 メキシコで保育園・幼稚園から高校まで、すべての教育機関が休校になった2020年3月下旬から、まもなく1年がたつ。SEPは今年から、テレビ放送やインターネットへのアクセスが困難な地域の子どもたちのために、新規参入の携帯電話会社の協力を得て、彼らがスマートフォンで授業を観られるように無料データ通信サービスを始めた。2年以内には、全国でインターネットが使えるようにするという。

 そんな中、ディアナをはじめ、貧困家庭を支援するNGOで働く友人たちは、今「街では前より路上で子どもの姿が目につく」と、危惧している。家で勉強に励むよりも、道端でお菓子を売り歩いたり、露店の手伝いをしたり、一芸を披露してチップを求めたり、何かしらの仕事をして日銭を稼ぐことを優先する子どもが増えているというのだ。

メキシコシティの街中の交差点で、ジャグリングの芸を見せてチップを稼ぐ少年。撮影・篠田有史

 

 裕福な家庭の子どもたちは、自粛生活にストレスを感じながらも、自宅でオンライン学習を続け、オンラインでの習い事やイベントなどに参加して、コロナ禍での生活をそれなりに楽しもうとしている。一方、経済的に貧しい家庭の子どもたちは、困難の中でも学び続ける努力をしているが、その闘いから脱落してしまったり、諦める寸前の状況に追い込まれたりしている子も多い。それは、単にテレビ授業が観られるか、オンライン授業に参加できるか、宿題をSNSでやりとりできるかという問題ではない。生活がこれまで以上に苦しくなり、家庭環境が劣化している現実が、深刻な生存に関わる「命」の問題を生み出し、子どもを追い詰めているのだ。

 メキシコは、パンデミック下で教育格差が拡大しないよう、全学年でテレビ授業を実施するという壮大な挑戦に打って出た。教師の約7割はテレビ授業を評価しているという調査結果もあり、その取り組みは、数々の問題を抱えながらも一定の成果をあげている。これまでみてきたように、現場の教師や子どもたちの親、ディアナのような周りの大人たちが、幅広い層の子どもたちの「学び」を支えてきた努力の結果だといえるだろう。そうした大人たちの存在は、コロナ禍で悪化するメキシコの社会・家庭環境の中で、苦しんでいる子どもたちの「命」をも支えている。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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