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政治・経済

英仏のエンジン車販売禁止宣言はなぜ生まれたか

自動車の脱石油化の背景

御堀直嗣(日本EVクラブ副代表)

 2017年7月に、フランス政府が40年までにガソリンエンジン車とディーゼル車の国内販売を中止することを打ち出し、驚きをもって世界は耳を傾けた。続いて、イギリス政府も40年までに同様の措置を採ると表明したことで、事態はより人々の耳目を集めるに至った。しかし実は、インド政府も30年に販売する車両を全て電気自動車(EV)とする目標を掲げ、ドイツも議会に30年までにエンジン車の販売を禁止する議案が提出され議決されている。そして、世界最大の自動車市場である中国も、エンジン車の販売禁止を検討中だ。

日米に遅れたヨーロッパの大気汚染対策

 気候変動に影響を及ぼす温室効果ガスは、二酸化炭素(CO2)だけでなく、メタン(CH4)やエアコンディショナーの冷媒で使われるハイドロフルオロカーボン類(HFCs)など6種に及ぶ。なかでも、人が生活したり、人が移動したり物を運んだりする自動車からのCO2排出量の削減は、利用者一人ひとりの意識に関わる。EU(欧州連合)では、2009年の「CO2排出規制」により、21年から乗用車が排出するCO2は、1キロメートルあたり95グラムとする規制が動き出す。日本式の燃費に換算すると、企業平均で1リッターあたり30キロメートルの性能を満たさないと達成できない厳しさだ。この規制値は、将来的にさらに厳しくなる見通しだ。
 したがって、フランスやイギリスの政府が20年以上先の自動車販売について、ここで中止するとの宣言を行わなくとも、自動車の電動化、そして排ガスゼロ化は、おのずと進んでいく道筋がすでにある。
 アメリカのカリフォルニア州で実施されているZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)法は、そもそも大気汚染防止のための法律であり、同様に中国で19年から実施されるとみられるNEV(ニュー・エナジー・ビークル)規制も、世界的に有名な北京など大都市での大気汚染を改善する目的がある。
 日本では、1960~70年代に起きた公害問題により、大気はもとより河川や海洋などの汚染問題に対し厳しい規制を実施することで環境を大きく改善してきた。更に東京都では、石原慎太郎都政時代の99年に施行されたディーゼル車NO作戦により、世界で最も厳しいとされるディーゼル車の排ガス対策に強化され、大気汚染はそれ程意識しない水準にまで落ち着いている。
 アメリカや日本では自動車の大気汚染対策にまず力点が置かれたが、ヨーロッパにおいては、CO2排出量の削減が優先されてきた。その結果、2000年前後から、CO2削減に有利なディーゼル車を、それまで市場の20%から50%にまで普及させる戦略が採られた。一方で、大気汚染物質の排出対策は緩く、東京都のディーゼル車NO作戦で定められた排出基準を達成することができず、EUで販売されているディーゼル車を輸入することはできなかった。
 なぜ、EUではディーゼル排ガス基準に甘かったのか。理由は、ヨーロッパ各国の都市人口が日本に比べ少なく、小さな都市が分散する地理条件にあると考えられる。例えばフランスの首都パリは200万都市で、日本の名古屋程度の規模だ。ドイツの首都ベルリンは300万都市。イギリスのロンドンが800万都市だが、1300万都市東京よりは規模が小さい。また、ヨーロッパでは100万都市の数そのものが、各国とも数えるほどでしかなく、日本の政令指定都市で100万以上の人口を持つ都市が二桁という数に遠く及ばない。
 ヨーロッパでは大都市といえども人口密度が日本程高くなく、排ガス基準の甘いディーセル車が走行しても、大気汚染を実感しにくい状況であった。
 ところが、2030年には世界人口の60%が都市に住むようになると国連が推計するように、ヨーロッパにおいても都市部への人口集中が進んでいる。そこに、ディーゼル車の大量販売が重なり、大気汚染が目に見える形で実感できるようになった。今や、パリの大気汚染は北京並みとさえ言われるまでになった。

ディーゼルの性能偽装からEVシフトへ

 今日ではガソリン直噴エンジン並みの排ガス性能を達成したディーゼルエンジンだが、検査用の試験値ではなく、実用での排ガス状況を調べたら、排ガス浄化が不十分であったという実態が発覚したのが、アメリカ市場で告発されたドイツのフォルクスワーゲン社による排ガス性能の偽装問題である。その後、ヨーロッパの各自動車メーカーのディーゼル車に、次々と疑惑が波及した。
 技術的に不可能ではなくても、実用の製品としてディーゼル車を今日の排ガス基準に適合させながら、日常の使い勝手のいいエンジン性能を作り込むのはそれ程難しいとも言える。またそれを実現するには、相当のコストが掛かる。
 この事態を受けて、ヨーロッパの自動車メーカーは次々に電動化への動きをあらわにした。もはや、その場しのぎのディーゼル対策は用をなさず、いっそのこと排ガスゼロ=ゼロ・エミッションの電気自動車へ移行しようというわけだ。

ヨーロッパの自動車メーカーは急速にEVシフトを進めつつある。写真は東京モーターショー2017に出品されたフォルクスワーゲン社のEV「I.D.BUZZ(アイディバズ)」 。2022年に市販が予定される。

EVへの理解不足が不安をかき立てる

 しかし、電動化へも課題が無いわけではない。ただし、日本で言われているような走行距離の短さや、充電時間の長さが、販売を押しとどめているわけではない。最大の課題は、消費者の理解不足である。
 電気自動車の走行距離は、既に300~400キロが標準となりつつある。世界的に見ても、日常生活において、一度に100キロ以上運転し続ける使われ方はまれだ。したがって、300~400キロ走る能力があれば、緊急で長距離移動しなければならない状況が生じても、まず心配はほとんどない。
 とはいえ、家で充電するという使い方にまだ消費者は慣れていない。エンジン車同様に、スタンドで給油する習慣から想像する電気自動車を考えてしまう。すると、急速充電設備の数が心配になってくる。
 だが、電気自動車を使い始めてみれば、家で充電するだけで済む便利さに気づくはずだ。逆にエンジン車でガソリンスタンドに立ち寄らなければならない面倒さにも気が付くだろう。
 そのうえで、職場や、買い物や食事、あるいは病院など出先に、200ボルトの普通充電コンセントがあれば、用事を済ませている間に充電することができる。これを、「~しながら充電」と言う。日本国内でも、電気自動車をいちはやく販売した三菱自動車工業や日産自動車は、電気自動車で通勤する社員向けに大規模な充電コンセントを設置し、職場で仕事をしている間に帰宅するための充電が済んでしまうようにしている。
 こうした電気自動車ならではの使い方や、それに合った社会基盤整備が進めば、電気自動車はいかに面倒がなく便利な乗り物であるかに気付くことができる。急速充電設備は、ガソリンスタンドの発想であり、その使い方の違いが理解できないまま消費者に不安が募っているのが実情だ。

消費者に「変化」を意識付ける

 根本的な生活実感の違いは、体験するのが手っ取り早い。だが、一朝一夕に国民全てが実体験できるわけではない。そうした新しい生活様式を見据えるために、未来が変わるという宣言を誰かが行わなければ、消費者も企業も変わっていくことができない。そこに、国が、10年後や20年後には生活が変わり、それは国民にとって明るい未来につながるのだと宣言すれば、何かが変わっていくのだろうという漠然とした印象を多くの人々が持つことができる。
 今回のヨーロッパ各国における2030~40年の未来へ向けた決意や宣言は、そうした意味を持っている、そう考えれば、分かりやすい。
 自動車も変わるが、社会が、生活が変わる。それが、本当の21世紀の世界なのであろう。
 20世紀も、1920年前後までは19世紀を引き摺(ず)り、混沌とした時代だったはずだ。ガソリンエンジン自動車を1886年に発明したのは、ドイツのカール・ベンツだが、世界へ普及させたのはアメリカのヘンリー・フォードであり、有名なフォードT型が1908年に発売され、爆発的売上台数を記録するのは1920年を過ぎてからのことであった。そして、石油の世紀として大きく発展し、自動車もまた高性能になっていった。
 環境の世紀と言われる21世紀も、これからその基盤がいよいよ整い、発展していくことになるのだろう。その準備をせよというのが、英仏や、ドイツ、インド政府や議会の宣言となって表れていると見る。

著者情報

日本EVクラブ副代表

御堀直嗣

みほり なおつぐ

1955年生まれ。玉川大学工学部卒業。88年~91年にFL500、FJ1600レースに参戦。94年からフリーランスライター。 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書に「クルマはなぜ走るのか」、「電気自動車が加速する」、「図解・エコフレンドリーカー」、「快走・電気自動車レーシング」など。

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