国際政治と日本外交の役割~ミャンマー危機の行方②
中西嘉宏(京都大学東南アジア地域研究所准教授)
まずは強硬派である。米国、英国、欧州連合(EU)、国連がこの分類に当てはまる。米国は、クーデターからわずか9日後の2月10日にジョー・バイデン大統領自ら会見で、ミャンマー軍のクーデターを非難し、軍幹部に対する制裁と、ミャンマー政府の在米資産10億ドルの凍結を発表した。その後、軍の弾圧がエスカレートするにしたがって、制裁対象を軍系企業や軍幹部の家族、一部国営企業(宝石、木材など)にも拡大してきた。
英国や欧州連合も同様に、軍関係や軍に利益をもたらす国営企業に対象を絞り込んだいわゆる「ターゲット制裁」を科し、その網を次第に広げている。軍に対して批判的なメッセージを発しつつ、市民への被害を最小限にとどめながら、軍に対して経済的な打撃を与えることを狙ったものである。
国連もまた、クーデター直後からミャンマー軍に批判的なメッセージを送り続けてきた。だが、実効性のある制裁決議については、後述するように、中国とロシアの反対があって実現には至っていない。国連には紛争状態にある勢力間の仲介役を果たす役割もあるが、ミャンマー問題を担当する国連特使は、いまだにミャンマーへの入国が許されていない。これは、人権問題やロヒンギャ問題(2017年には約70万人のロヒンギャがバングラデシュに流出)で長年、国連機関から批判を受けてきた軍が、国連に強い不信感を抱いているからである。
第2に、こうした制裁の動きに反対する立場がある。中国、ロシアがこれにあたる。中国は歴史的に軍との関係が深い。またスーチー政権期の特に後半、中国とミャンマーとの関係は親密なものになっていた。2020年には習近平国家主席がミャンマーを訪問し、スーチー政権二期目に向けて投資や経済協力の拡大が見込まれていた。その矢先でのクーデターだった。実際、中国外相はクーデター後の混乱を歓迎していないと発言していて、これは字義通りと理解しても問題ないだろう。
ただ、歓迎していないとはいえ、中国とミャンマーは2160キロの長さの国境を接する隣国である。中国としては、ミャンマーが国家として不安定化するような事態は避けたいはずだ。また、ミャンマーは、北朝鮮のような地域安全保障上の脅威になっておらず、内政不干渉という中国外交の原則を変えるほどの事態でもない。さらに、民主主義や人権を盾に圧力をかける欧米に対しては、自国の国益から強く抵抗する。国連安保理では一貫してミャンマーへの制裁には消極的な態度を示し、国連総会でもミャンマー向けの武器禁輸などに関する決議(6月18日)で投票を棄権した。
ロシアもまた武器取引を通じたミャンマー軍との長年の関係と、欧米の介入に対する警戒から現状追認に傾きつつある。これを機に軍事的な協力関係を深めようとしているようにも見える。欧米との対立を覚悟しながらも、中国への依存を避けたいミャンマー軍にとってロシアというオプションは魅力的だ。6月下旬には、ミンアウンフライン将軍がモスクワを訪問。約1週間の滞在中には防衛協力強化のための会合が開かれたほか、新型コロナウイルスのワクチン提供についても合意がなされたと報じられる。ロシアはミャンマーの国際的な孤立をむしろ好機とみているようだ。中国同様に、欧米と圧力の面で連携する意思はない。
第3に、軍への働きかけを重視するグループがある。主にASEAN諸国である。なかでもインドネシアはクーデター直後からミャンマー軍に調停案の提示を試みるなど、事態収拾に直接乗り出す構えを見せていた。だが、域内の大国インドネシアとはいえ、一国の力でミャンマー軍を変えることはできない。そこでASEAN全体で事態打開のために働きかける動きがでてきた。
そのひとつの成果は、4月24日にインドネシアのジャカルタで開かれたASEAN指導者会議(ASEAN Leaders Summit)だろう。同会議への出席はミンアウンフライン将軍にとってクーデター後、初の外遊となった。最終的に、「5つのコンセンサス(暴力の即時停止、関係者間の建設的対話、特使派遣、人道支援、特使受け入れ)」が成果として発表され、事態収拾のための外交的な対話を開始することには成功したといえる。
ところが、その後の進捗は遅々としている。無理もない。そもそも内政不干渉を原則とするASEANにとって、こうした外交的な働きかけは不得手だ。しかも、大陸部にあるベトナム、タイ、ラオス、カンボジアの4カ国と、島しょ部の6カ国との間には、ミャンマー危機への対応について温度差がある。大陸部の国々はいずれも非民主的な体制で、内政に干渉するような外交努力には消極的である。現に、タイ、マレーシア、インドネシアの3カ国の間で調整がつかず、本稿執筆時点(7月半ば)で、ASEAN特使すらまだ任命されていない。ASEAN一体としての行動がどこまで続くかは不透明だといえる。
このように、欧米による個別の制裁が発動される一方で、より強力な圧力をかける情勢は生まれていない。欧米だけでは制裁のインパクトに限りがある。最も軍に直接的な影響を与えられるのは中国だが、中国は制裁を批判しながら様子見の姿勢である。現状を改善するには、ASEANの働きかけに期待する以外ないのだが、ミャンマー軍に配慮しながらのASEANの動きは、緩慢かつ弱腰に見える。その結果、圧力と働きかけ、双方のアプローチとも事態を変えることはできていない。
日本は何をすべきか
こうして俯瞰するとわかるのは、ミャンマー情勢を外交によって変えることが難しいという厳しい現実である。それは、日本がミャンマーにとっての最大の支援国であっても変わりはない。日本にとってミャンマーは、1954年に合意された戦後賠償以来、常に援助や経済協力の主要な対象国のひとつであった。
1988年のクーデター以降に抑えられていた日本からの支援は、2011年の民政移管を機に急速に拡大した。現在実施中の政府開発援助(ODA)案件は、円借款が34件で7396億円、無償資金協力が26件で585億円、22件の技術協力を実施中だという(2021年4月15日、参議院外交防衛委員会での外務省国際協力局長による答弁)。これは、OECD加盟国の中で群を抜いて多い支援額である。代表的な円借款としては、ヤンゴン近郊のティラワ経済特区の整備や、タイとミャンマーを結ぶ物流の効率化を目指した東西経済廻廊の整備事業がある。いずれも、ミャンマーの経済的潜在力と民主化の進展を見込んだうえでの長期的発展を見据えた支援である。さらに、貧困削減、病院整備、村落電化、国内避難民への緊急支援など、無償資金協力案件でも多くの事業を実施してきた。
著者情報
京都大学東南アジア地域研究所准教授
中西嘉宏
なかにし よしひろ
1977年、兵庫県生まれ。2001年、東北大学法学部卒業。2007年、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科にて博士(地域研究)取得。日本貿易振興機構・アジア経済研究所研究員などを経て2013年より京都大学東南アジア研究所准教授を務める(17年、同大東南アジア地域研究研究所に改称)。著書『軍政ビルマの権力構造 ネー・ウィン体制下の国家と軍隊 1962-1988』(京都大学出版会、2009年)で、第26回大平正芳記念賞受賞。ほか、共著に『ミャンマー2015年総選挙 アウンサンスーチー政権はいかに誕生したのか』(アジア経済研究所、2016年)、著書に『ロヒンギャ危機ー「民族浄化」の真相』(中公新書、2021年)などがある。