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社会問題

「知床方式」は自然保護の新たな取り組み

利害関係者による保護と漁業の両立へ

松田裕之(横浜国立大学環境情報研究院教授)

国際的に評価された世界遺産への取り組み

 北海道の知床は、2005年に世界自然遺産に登録され、08年2月に現地視察したユネスコとIUCN(国際自然保護連合)により、知床における取り組みが登録時の勧告に的確に対応し、「すべてのレベルの関係者が遺産の顕著で普遍的な価値を確実に維持し、次の世代へとそのままの形で引き継ごうとする強い責任感に感銘を受けた」と評価された。
 さらに「地域コミュニティーや関係者の参画を通したボトムアップアプローチによる管理、科学委員会や個々の(具体的目的に沿った)ワーキンググループの設置を通して、科学的知識を遺産管理に効果的に応用している」ことが「他の世界自然遺産地域の管理のための素晴らしいモデル」として、知床方式は称讃されたのである。

知床に求められた世界遺産登録の条件

 知床では日本の世界自然遺産で、初めて海域が遺産地域に含まれている。そこは、国立公園の普通地域で、定置網などの漁業が行われている。
 日本の沿岸漁業では、漁業協同組合(漁協)が排他的に漁業を行える権利である漁業権が存在する。その代わり漁協は乱獲を避け、持続可能な漁業のために、さまざまな資源管理を自主的に行っている。1990年代に減ったスケトウダラ資源については、知床半島羅臼側の大陸棚にある産卵場の一部について、95年に自主的に季節禁漁区を設けている。
 2005年登録申請に際し、IUCNから海洋生態系の保護強化を図るよう求められた。他方、環境省と北海道は登録申請時に漁協に対し、遺産登録にともなう新たな漁業規制は行わないことを確約している。
 この「矛盾」は、05年2月に漁協が自らスケトウダラの禁漁区を拡大することで解消され、05年7月に知床は世界遺産に登録された。ただし、約2年後に再度ユネスコとIUCNが視察に来ることが、条件として課せられていたのである。

科学委員会の設置と「順応的管理」

 世界遺産は、世界で他にはない固有の価値を求められるため、登録は年々厳しくなっている。
 知床では世界遺産登録に際し専門家による科学委員会を設置し、IUCNからのさまざまな勧告にどう対処するかを助言した。登録申請を準備している小笠原(東京都)にも科学委員会が設置されているが、1993年に登録された屋久島(鹿児島県)と白神山地(青森県、秋田県)には、このような科学委員会は設置されていない。
 上記のような知床の評価を受けて、環境省は屋久島、白神山地にも科学委員会を設置する準備を進めている。そこでは、気候変動の影響も念頭においた、順応的管理に基づく長期的なモニタリングを実施し、科学的助言と利害関係者の自主的な取り組みを奨励する。
 このように、利害関係者間において、管理の意思決定権限と責任を分かち合う管理制度を、共同管理という。知床を始めとする日本の沿岸漁業は、この共同管理が長年に機能してきた事例として世界的に高く評価され、知床世界遺産はそれを世界に説明する機会を得たのである。

今後の海域管理のあり方

 国立公園制度は、西部開拓時代のアメリカで始まった。最初の国立公園であるイエローストーンを始めとして、アメリカの国立公園はほとんどが国有地であり、国家が保護管理計画を比較的自由に設計することができる。
 それに対して、日本の国立公園は大半が民有地で占められ、大規模な土地改変は規制されるか、届け出が必要だが、上意下達の規制や管理はしづらい。入園者の数を規制したり、入園料を取ることさえ難しい。
 国立公園は、陸域では普通地域、特別地域、特別保護地区に分かれている。海域では国立公園法では普通地域と海中公園(全国で64カ所269ha)しかないが、水産資源保護法による保護水面(120カ所)がある。
 そして、このような法的規制ではない自主的な季節禁漁区などがある。最近、一部の海域での人間活動を規制する海洋保護区MPA marine protected area)が推奨されるようになった。

「規制」ではなく「自然の保護と利用」を守ること

 大切なのは法律を定めることではなく、実際に生態系が守られることである。法的規制にせよ自主規制にせよ、完全に順守されるとは限らない。
 欧米に比べて、日本や途上国では法規制より、自主規制の比率が高いようである。海洋保護区の定義は多様であり、一切の漁業を含む人間活動を禁止する完全禁漁区(No Take Zone)も含まれるが、広義には、何らかの形で人間活動が制限され、その制限が明文化されている海域を指す。通常は法的に定められた地域を指すが、自主規制も含め、さまざまな海洋保護区の取り組みを海域管理に活用することが検討されている。
 このように知床を教訓に、科学的助言を生かしながら利害関係者が話し合い、納得した上で自主的に管理し、自然保護と持続可能な漁業の両立を図る道が、今後の自然公園内の海域管理の方法として検討されている。

著者情報

横浜国立大学環境情報研究院教授

松田裕之

まつだ ひろゆき

1957年生まれ。京都大学大学院修了。著書に『「共生」とは何か』(現代書館、1995年)『環境生態学序説』(共立出版、2000年)『ゼロからわかる生態学』(共立出版、2004年)『なぜ生態系を守るのか?』(NTT出版、2008年)『生態リスク学入門』(共立出版、2010年)など多数がある。

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