「本当に使える英語」を求めて~「英語コンプレックス」に振り回されない学びのかたち
鳥飼玖美子(立教大学名誉教授)
(構成・文/加藤裕子)
まず「日本人の英語力が韓国や中国よりも低い」と言われるとき、参照されるのは大抵の場合TOEFL(Test of English as a Foreign Language)のスコアだと思います。しかし、TOEFLは「主に大学・大学院レベルのアカデミックな場面で必要とされる英語運用能力を測定する試験」です。「スピーキング」セクションであっても単なる日常会話ではなく大学で必要とされる英語です。「リーデイング」セクションは、広範かつ高度な内容の長文を読んで理解できるかを測定します。日本人がTOEFLで高得点を取れない原因はそこにあるのですから、必要なのは、むしろ「読む」力と言えるでしょう。
また、「日本の英語教育は文法重視だ」とよく言われますが、1986年の臨時教育審議会(臨教審)第二次答申を受けて、1989年の学習指導要領改訂から日本の英語教育は一貫してコミュニケーションと称して会話を重視しています。中学校の英語教科書はほとんど会話文で構成されており、読解はごくわずかしかありません。内容も薄く、イラストを抜いてぎゅっと詰めたら、英文は数ページくらいがせいぜいでしょうか。
文法重視から会話重視の英語教育という方針転換は、「英語を武器に戦う企業戦士というグローバル人材」を求める経済界の要望と歩調を合わせた政治主導のものでした。しかし、日本の子どもたちの英語力は上がっていないのが現実です。2019年に公表された、中学3年生対象の全国英語学力調査の結果を見ると、主語や動詞の関係がわかっていない、butやand、because などを混同しているなど、文章を論理的にとらえる基礎的な力に課題があると言えます。
これはけっして中学生の責任ではありません。英語という言語は、日本語とは赤の他人と言ってもいいくらい違う言語なのですから、それを理解するには、やはり文法指導を適切に導入しながら、英語の基本的な構造を噛み砕いて説明していくことが大事なんです。
――そうすると、以前のような文法重視の英語教育に戻すべきだということでしょうか。
いえ、そうではありません。現在の英会話重視も極端ですが、かといって文法至上主義になれということではありません。昔ながらの、英文を細かく解剖していくようなややこしい教え方では、デジタル世代の子どもたちは受け付けないでしょう。今の学習指導要領にあるように「実際のコミュニケーションにおいて活用」するということを念頭に、生徒たちに英語を使わせながら、「こういうとき、ここに主語が来て、この場合は昔の話だから動詞は過去形になる」などをわかりやすく教える工夫が必要です。
ただし、基本的なことをきちんと教えるには、会話だけではなく、やはりある程度まとまった、良い英文を読ませることが欠かせません。「読む」「聞く」「話す」「書く」は別々に存在しているわけではなく、それぞれが互いに関係し合っています。先ほどTOEFLに関連して少し述べましたが、特に読解力は英語のすべての技能の土台です。読んでわからないものは聞いてもわからないし、聞いてわからないものは話すことも書くこともできません。読むことで英語の組み立てや使い方、単語や語句を勉強し、単語の意味を調べるときに発音も学べば、聞くとき話すときに役立ちます。読むときには、英文の意味を考えながら、できるだけ声に出して読むのがいいですね。
日本のように英語が母語ではない国で生まれ育つ場合、読めない英語を話すことはできません。「子どもは読めなくても話せるのだから、まずは早くから会話を」と言う人もいますが、「お子さま英語」は大人になったら使いものにならないのです。
「敬語がある日本語と違って、英語はフランクな言葉だから、“タメ口”でもいい」という誤解もありますが、とんでもありません。どの言語にもくだけた表現と、目上の人に対して、あるいは仕事で使う丁寧な表現があり、もちろん英語も例外ではありません。でも私が見る限り、日本人でこうした丁寧な英語を使いこなせている人は極めて少数です。「自分は英語が得意で、商社に入って英語を使う仕事を選んだ」という人が、親しくなった英語ネイティブから「おまえの英語は失礼すぎる。外国人であまり英語ができないから仕方ない、と許されているけれど、もう少し丁寧な表現を勉強しろ」と注意されたという話も聞きます。
社会人として、きちんとした英語を使える人はどこが違うのかといえば語彙の豊富さで、それは読むことで身につきます。中身のない薄っぺらな英語ではなく、自分の考えや主張を英語で相手に伝えることができる人は相当に英語を読んでいるはずです。
「グローバル社会を生き抜くには英語」とは限らない
――「お子さま英語」は使い物にならないということですが、近年、日本では小学校での英語教育も進められています。早くから英語を学ぶことは、日本人の英語力向上に役立っていないのでしょうか。
今、小学校どころか幼稚園から英語を学ばせる、あるいは小さい頃から英語の塾に行かせたり高い教材を買ったりする風潮が強まっています。しかし、早くからやればいい、ネイティブスピーカーの英語を聞かせればいいというものではありません。小学校で英語を教える条件が整備されていないという問題も大きいですが、小学校では英語が得意でも、中学に入ったらついていかれなくなるという子どもも少なくありませんし、小学校で英語の成績が悪い子は、中学入学の段階で劣等感を抱えてしまっています。小学校での英語教育によって英語嫌いの子が増えている、というのが私の印象です。
子どもたちは、親からも先生からも「グローバル化社会を生き抜くために英語は必須」と言われ、英語で良い成績を取らなければと、大きなプレッシャーを感じています。けれども、なぜ英語だけが特別扱いされるのでしょうか? 私は英語が好きだった一方、数学がとても苦手でしたから、中高時代に「これからは理系の時代だ、数学は必須だ」と言われていたら、つらかったと思います。英語がたまたま好きで得意な人が受験で得をし、そうでない人は不利な目に遭うというのは、不公平ではないでしょうか。
――とはいえ、英語は入試でも鍵となる科目ですし、やはりグローバル化社会を生き抜くためには英語が必要なのではないでしょうか。
「グローバル化社会には英語」とは、必ずしも言えないと思います。グローバル化が進んでいるはずの現代の日本社会で、日常的に英語を使う日本人はどれだけ増えたでしょうか。一時期、一部企業で英語を社内公用語にしたり、就職試験や昇進試験でTOEIC(Test of English for International Communication)の点数を重視したりする動きがありましたが、「英語はできるけれど、商談がまとめられない」というケースが相次ぎました。このため最近では仕事の能力重視に回帰し、英語が必要な仕事は通訳・翻訳の専門家を正規に雇用して任せるという方向に変化してきています。特にグローバルな製薬会社や企業などでは社内に通訳翻訳室を設けています。観光業でも、日本を訪れる外国人の多くは中国、台湾、韓国を中心とするアジア系ですから、中国語や韓国語などができる人材を求めています。また、日本に増えているアジアや中東、南米諸国からの労働者に対しては、英語よりも彼らの母語や、「やさしい日本語」 でのコミュニケーションが有用です。
グローバル化社会はけっして英語一辺倒ではなく、むしろ多言語多文化社会です。英語が苦手なら、別の外国語に挑戦したり、他の得意科目で挽回したりすればいいと思います。私が子どもたちに伝えたいメッセージは、「英語だけで人生は決まらないから、安心しなさい。自分らしく生きなさい」です。
著者情報
立教大学名誉教授
鳥飼玖美子
とりかい くみこ
専門は英語教育学、異文化コミュニケーション学、通訳翻訳学。上智大学外国語学部卒業、コロンビア大学大学院で英語教授法修士号を、サウサンプトン大学大学院で博士号(Ph.D.)を取得。大学在学中から同時通訳者として活躍後、大学教員に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜2020年3月までNHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修など数々の英語教育番組に携わり、現在はNHK・Eテレ『太田光のつぶやき英語』に出演。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版新書)、『英語教育の危機』(ちくま新書)、『ことばの教育を問いなおす』(共著、ちくま新書)、『異文化コミュニケーション学』(岩波新書)、『なんで英語、勉強すんの?』(岩波ジュニアスタートブックス)など多数。