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人工神経接続は脊髄損傷のマヒを治せるか

その先にある脳と神経に秘められた可能性

西村幸男(東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト プロジェクトリーダー)

(構成・文/濱野ちひろ)

 一度傷を負ってしまったら、現代の医学ではどうすることもできない脊髄損傷。マヒの改善に新しいアプローチで挑む人工神経接続の研究と、その先に見えてきた脳の可能性に迫る。

脊髄損傷で何が起こる

 歩く、座る、手を振る――どんな動作でも、私たちの体を動かすには脳からの指令が必要です。脳が発した電気信号を神経を通して筋肉が受け取って、体が動作をするのです。脳の指令を手足などの筋肉に伝える神経が集まっているのが脊髄です。その脊髄に損傷が起こると、脳と筋肉をつなぐ神経の経路が断線した状態になり、脳からの信号が筋肉に届かなくなってしまうため、思った通りに体が動かせなくなってしまいます。これが脊髄損傷の主な症状です。
 脊髄損傷は交通事故や高所からの転落事故、スポーツ事故が原因となるケースが大半で、比較的若年層に多いのが一つの特徴です。それまで健康だった人が、不慮の事故によって突然体の自由を奪われてしまうのです。
 脊髄損傷は、脊髄のどの部分を損傷したかによっても症状が違います。運動マヒと感覚マヒが起こる「完全損傷」と、ある程度の運動機能や感覚機能が残る「不完全損傷」とがあります。もっともシビアなケースでは、運動機能に加えて排便・排尿機能、性機能、体温調節機能、自律神経機能、感覚機能が失われ、自分の意志で体を動かせないばかりか、自分の体に何が起きているのか感じられなくなります。熱い、冷たい、痛い、といった感覚もマヒしてしまいます。
 脊髄損傷のもっとも大きな特徴は、脳には損傷がないことです。脊髄損傷以前と以後で、脳の機能自体は変わりません。意識も認知機能もしっかりしているのに、体だけが動かせなくなってしまう。そのために起こるストレスはとても甚大です。実際に、うつ病を併発する人は半数に上るそうです。現在、日本ではおよそ10万人の脊髄損傷者がいるとされていて、年間5000人もの人々が新たに脊髄損傷を負っているといわれています。

脊髄損傷への新たなアプローチ

 脊髄損傷の治療は非常に難しいものです。現時点での最高の医療技術をもってしても、損傷以前のようには体が動かせないままで苦しい思いをしている人が多いのが現状です。損傷した脊髄を回復することは至難の業なのです。
 私は科学者として、脊髄損傷の治療にアプローチできる可能性がある「人工神経接続」を研究しています。人工神経接続をきわめて簡単に説明すると、脳と筋肉を結ぶ新たな経路を人工的に作り、脊髄損傷などによって断線した箇所のその先に信号をバイパスさせ、神経経路を補完しようというものです。新たな神経経路として脳に似た機能を担うのが「ニューロチップ」という小さな電子回路です。ニューロチップは脳活動を記録・解析しつつ、しかるべき電気信号に変換して、電気刺激を送り出します。脳とニューロチップと脊髄を電極でつなぎ、断線した箇所の先の神経へと電気信号を流すことで筋肉を動かすことが可能になるのです。サルでの実験ではすでに効果を確認しており、現在は限定的に臨床応用を始めています。
 人工神経接続の基本となるアイディアは、アメリカ・ワシントン大学のエバーハード・フェッツ教授が打ち出しました。フェッツ教授は博士課程まで物理学を専攻していた神経科学者で、脳活動とコンピューターをつなぐ研究、いわゆる「ブレイン・マシン・インターフェースBMI)」の研究を1960年代から行っていました。フェッツ教授は69年にサルの脳に電極を刺し、スピードメーターにつないだ実験で知られます。この技術がその後発展し、脳とロボットアームを接続するまでに応用が進んでいきました。私はフェッツ教授のもとで2007年からの3年間研究を行ったのですが、そのころフェッツ教授はニューロチップを介した脳と神経の接続モデルを考案し始めていたわけです。私は人工神経接続のパラダイムの可能性の広さに惹かれ、帰国後も研究を続けています。

脳だけが体を動かしているわけではない

 人工神経接続は脳と筋肉を新たに結ぶ人工的な神経回路であると説明しました。しかし、たとえば「マヒした脚を動かす」という目的に絞る場合には、人工神経接続は必ずしも脳を経由する必要はありません。
 具体的に説明しましょう。まず、神経や手足に障害のない健常な人に協力してもらい、歩きながら腕を振ってもらいます。そのときの腕の筋肉の活動情報を記録して、コンピューターで読み取ってデータ化します。これは、歩こうとするときに脳から出される指令を受け取った腕の筋肉の動きの情報です。この信号に合わせた磁気刺激を、脚の歩行中枢が存在する腰髄へ与えてみたところ、脚の歩行運動パターンを被験者自身が意図的につくりだしたり、止めたりすることが可能なのだとわかりました。腰髄には、脳からの直接の指令がなくても、脊髄だけで歩行運動のパターンをつくりだす神経回路が存在していて、脊髄が損傷した状態であっても、その機能が残っているということです。
 さらに、被験者が脚をリラックスさせている状態のとき、人工神経接続を通して、その歩行サイクルを速くしたり、ゆっくりしたりと、歩行の運動パターンを随意的に制御できることもわかりました。
 特定の信号を脊髄に送れば、歩くことを意識しなくとも脚は動きます。たくさんの筋肉を複雑に動かし順序良く制御するシステムは、脳ではなく脊髄にある、ということなのです。
 では、脳は何をしているのかというと、「歩く」「歩き終える」「歩調を変える」といった意志の部分の指令を送っています。脊髄損傷によって脳と筋肉のやり取りが断絶している状態というのは、運動に関するおおもとのスイッチ――スタート、ストップ、といった基本的な情報の指令系統が断絶されている状態と捉えることができます。
 脳からのおおもとの指令を脊髄に届けるためには、必ずしも脳そのものから情報を取り出さなくてもよい、と私は考えています。パッチ電極を貼りつけるという、よりシンプルな方法で腕の筋肉の活動から指令情報を取り出し、人工神経接続によって脊髄とつなげればよい。そうすれば脳に由来する信号は必要な箇所に伝達されますし、歩行のための細かな筋肉の制御は脊髄そのものが行ってくれるというわけです。
 この方法をとれば、電気信号を取り出すために脳に電極を埋め込む手術をする必要もないため、体への負担が少なくなります。また、複雑な計算が必要となる脳の活動の解析よりも、脳の活動を捉えている筋肉の信号をデータ化するほうが効率もよく直観的です。脊髄損傷者ご自身にとっては、自分で動かせる体の部分を使ってマヒしている部分の動きを制御できるので、感覚的に無理が少ないといえます。
 ただし、現段階ではこの方法には大掛かりな装置が必要です。臨床応用までにはまだ時間がかかるのではないかと思います。

人工神経接続はシナプス結合を強化する

 人工神経接続の効果は、損傷した神経をバイパスするだけにとどまりません。自由に日常を過ごせるサルを使って、大脳皮質の神経細胞と脊髄とをニューロチップを介して人工神経接続する実験を行いました。大脳皮質の神経活動を記録し、その0.015秒後に脊髄に対して電気刺激を加えるようにします。サルはご飯を食べたり、遊んだり、寝たりと、自由に過ごします。翌日調べてみると、大脳皮質と脊髄間のシナプス結合が強くなっています。これは、ニューロチップを介した電気刺激によって、大脳皮質と脊髄の間のつながりが強化されていることを意味します。
 シナプス結合の強化は、電気刺激を加えるタイミングが重要で、0.012~0.025秒だと強化され、0.050秒以上では変化は見られないいっぽう、刺激のタイミングを短くすると逆に弱まってしまいます。
 この技術は脊髄損傷や脳梗塞の患者さんたちのリハビリに役立つことが期待されます。シナプス結合は学習や記憶もつかさどり、脳や脊髄の至る所にあります。この技術によって、学習能力や記憶を強化することさえ可能かもしれません。

脳に秘められた柔軟性

著者情報

東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト プロジェクトリーダー

西村幸男

にしむらゆきお

1972年生まれ。日本大学文理学部卒。横浜国立大学大学院教育学研究科、および千葉大学大学院医学研究科修了。医学博士。2003年、自然科学研究機構生理学研究所に勤務。その後、ワシントン大学客員研究員などを経て、自然科学研究機構生理学研究所准教授となり、16年から京都大学医学研究科神経生物学准教授を兼職。17年度から現職。

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