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4つの性能ランキングで世界第1位を獲得!スパコン「富岳」の強さの秘密

松岡聡(理化学研究所・計算科学研究センター長)

(構成・文/山田久美)

「作ってなんぼ」とは、あらゆる最先端技術を開発・駆使してスパコンを作ることで、その技術がIT産業全体に波及し、最終的には一般製品にまで広く応用されていくことに意味がある、という考え方です。一方、「使ってなんぼ」は、幅広い分野において性能や使い勝手を良くして、それによって世の中に役立つ成果を出すことを目指すということです。世の中の発展に大きく寄与することができます。

 これまでのスパコンの開発は、まずは最先端技術ありき、つまり「作ってなんぼ」から始まっていたり、あるいは特定の分野を推進するための専用的なマシンの開発が先立っていたりしたのですが、「富岳」は、広い分野における「使ってなんぼ」の視点から開発が始まりました。開発に先立ち、まず、我々の生活をより豊かで安心・安全なものにするための重点課題として、(1)健康長寿社会の実現(2)防災・環境問題(3)エネルギー問題(4)産業競争力の強化(5)基礎研究の発展、という5分野にわたる9つの「重点課題」が掲げられました。

 このように、分野も多種多様で、シミュレーションのスケールもミクロからマクロまで非常に幅広いことから、CPUをはじめとするシステムの開発に当たって我々は、「アプリケーション・ファースト」を掲げました。

 つまり「使ってなんぼ」の方々に対して、それぞれが思い描いている5年後、10年後の将来像を聞くと同時に、その実現のために、「富岳」を使ってどのようなアプリケーションを実行したいかを聞き、白書にまとめました。

 その結果、それぞれのアプリケーションの計算処理速度を、「京」の最大100倍にするという定量的な開発目標が設定されました。そして、この目標に向かい、システムの開発者、つまり「作ってなんぼ」の方々が、システムの開発を進めていったのです。このようなシステムとアプリケーションの協調的な開発手法を、我々は「コ・デザイン」と呼んでいます。

「富岳」で開発した高性能CPUを
日本の半導体産業復興の起爆剤に!

 特にCPUの開発においては、汎用性高速性低消費電力のすべてを存立させることは非常にむずかしいことなのですが、「富岳」の開発プロジェクトでは、理研と、富士通とそのパートナー企業、さらにオールジャパンのスパコンの研究者でこの難題に挑みました。それにより、最新の汎用CPUの3倍の高速性能を持つCPU「A64fx」の開発に成功し、重点課題のターゲットアプリケーションにおいて、目標としていた「京」の最大100倍のアプリケーションの計算処理速度を達成しました。
 もちろん、アプリケーションの違いによって、「あちらを立てればこちらが立たず」というケースは多々ありましたが、「富岳」では、互いに犠牲が生じないギリギリのところまで、それぞれの機能を追求していきました。それが、我々が目指したコ・デザインなのです。これにより、最高性能かつ「富岳」以外のスパコンやITでも利用可能な汎用性が高いCPUを完成させることができました。

 また、低消費電力に関しては、「京」では、個々のCPUの細かい電力制御ができなかったのに対し、「富岳」では、稼働していないCPUが自動的にスリープモードに入る機能を追加することにより、大幅な節電に成功しました。さらに、CPUそのものの低消費電力技術や、最先端のスパコンの冷却技術を開発することで、スマートフォンより優れた低消費電力性能を実現しました。「京」と比べても、最大100倍の計算処理速度を達成したにもかかわらず、消費電力は「京」の約2倍程度に抑えることができました。

 以上から伝えたいことは、我々はスパコンの性能ランキングにおいて世界第1位を目指していたわけではなく、それぞれのアプリケーションにおいて究極の性能を目指した結果、多様なベンチマークにおいて4冠を獲得できたということです。ランキングはあくまでも結果に過ぎないのです。これは、アプリケーション・ファースト、コ・デザインの開発方針が正しかったことを意味していると言えるでしょう。

 私は今後、今回「富岳」向けに開発したこの高性能な汎用CPUをさまざまなハードウェア、ソフトウェア、サービスに幅広く利用してもらうことで、日本の半導体産業、コンピューター産業の復興の起爆剤としたいと考えています。

新型コロナウイルスの克服に向けた
5つのプロジェクトを推進

 さて、現在、世界各地で、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻さを増しており、我々の生活や経済に大きな打撃を与えています。新型コロナウイルスは非常に微小で、目に見えないため、咳などを通じてどのように伝搬しているかがわからない点が非常に厄介です。1日も早い治療薬や予防薬の開発が待たれています。

 そこで、「富岳」では、新型コロナウイルスの克服に向け、5つのプロジェクトを開始しました。

 その中の1つである「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」プロジェクトでは、新型コロナウイルスが、電車内や室内で、咳などによってどのように拡散していくかをシミュレーションによって可視化することに成功しました。それにより、咳やくしゃみ、会話に伴って発生する飛沫は、さらに非常に小さなエアロゾル(大気中に存在する固体や液体の粒子状物質)になって、広く拡散していくことなどがわかりました。飛沫やエアロゾルは、空気の流れや湿度、温度などによって影響を受けるため、推定には大規模計算が必要です。「富岳」により初めて、非常に高精度で大規模な飛散シミュレーションが実現可能となったのです。現在、その成果は、電車内や室内での空調や換気、パーティションの有効な活用方法など感染防止策に役立てられています。

 また、「富岳による新型コロナウイルスの治療薬候補同定」プロジェクトでは、既存の医薬品の中から、新型コロナウイルスに効果のある薬剤を探す研究を進めています。新型コロナウイルスは、体内の特定のタンパク質に結合して増殖するので、この特定のタンパク質に薬剤を結合させて動けないようにすることで、新型コロナウイルスの増殖を抑えることができます。
 そこで、プロジェクトでは、どのような薬剤が、新型コロナウイルスの増殖に関係するタンパク質に結合しやすいかを、分子レベルでシミュレーションしました。その結果、2000種類以上の医薬品の中から、候補となる数種類の薬剤を割り出しました。現在は、実験により実際の効果を検証する準備をしているところです。また、分子レベルでタンパク質と薬剤の結合の様子をシミュレーションすることによって、薬剤がどのようなメカニズムで、効果をもたらしているのかを解明することができます。それにより、新薬の開発に結び付けることも期待されます。

 分子レベルでのタンパク質と薬剤の結合に関するシミュレーションは非常に精緻で、大規模計算を必要とします。この計算には「京」ですら1年間はかかりますから、そんなことではとても追いつきません。しかし、今回、「富岳」が始動していたおかげで、10日間で計算を完了することができました。方法次第では3日間程度で計算結果を出すことも可能です。

 今回は、図らずも「富岳」の有用性を実感することができ、非常にうれしく思っています。

「富岳」のプロジェクトでは、他にも、新型コロナウイルスの感染拡大によって、今後、社会や経済にどのような影響が及ぶのか、それに対して我々はどのような行動をとるべきかなどをビッグデータ解析や社会シミュレーションによって分析する研究なども進めています。このように、今後もミクロとマクロの両面からアプローチし、新型コロナウイルスの克服に向けた解決策を提言していく考えです。

 我々人類が直面している課題は他にも、自然災害やエネルギー問題など山積しています。「富岳」をより豊かで安心・安全な社会の実現のために役立てていきますので、どうぞご期待下さい。

著者情報

理化学研究所・計算科学研究センター長

松岡聡

まつおか さとし

東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻、博士(理学)。2001年より東京工業大学・学術国際情報センター教授。2017年産業技術総合研究所・東工大RWBC-OILラボ長。2018年より現職。東京工業大学 数理・計算科学系・特任教授(兼職)。専門は高性能並列計算機システム。スーパーコンピューター「TSUBAME」シリーズの研究開発に携わり、省電力を含む数々の指標で世界のトップランクを獲得するとともに、超並列計算機の並列アルゴリズムやプログラミング、耐故障性、省電力化、ビッグデータやAIとの融合などの基礎研究に携わる。2009年にアメリカ計算機学会(ACM)フェローに選ばれ、その後ACM Gordon Bell賞(2011年)、文部科学大臣表彰(2012年)などを経て、2014年、スーパーコンピューター分野の最高峰賞であるIEEE Sidney Fernbach賞を日本人として初めて受賞。2018年にはACMが主催するHPDC国際学会のキャリア賞、2019年にはSCAsia 2019にてAsia HPC Leadership Awardを受賞。

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