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外国人技能実習生たちの過酷な実態を映画化。「彼女たちは、〈労働者〉としてしか見られない。人間としてそこにいるのに」

~映画『海辺の彼女たち』の監督・藤元明緒さんに聞く

藤元明緒(映画監督)

(構成・文/仲藤里美)

3人のベトナム人女性が暗闇の中、フェンスをよじ上り、どこからか脱走する。電車に乗り、フェリーに乗り、たどり着いたのは凍てつく寂しい海辺の村。この新しい「労働」の場で、遠く離れた祖国にいる家族のために、彼女たちは懸命に働く――2021年5月に公開された映画『海辺の彼女たち』は、日本における〈外国人労働者〉の姿を鮮やかに描きだす。フィクションなのに、そのリアルさは突き刺さる。脚本・監督・編集の藤元明緒さんに聞いた。

映画『海辺の彼女たち』より

日本での経験を、家族に話せない「技能実習生」たち

──映画『海辺の彼女たち』は、「技能実習生」として日本にやってきたものの、過酷な労働環境に耐えかねて脱走し、不法就労者となってしまったベトナム人女性たちの物語です。このテーマを取り上げようと考えたきっかけからお聞かせください。

藤元 いろいろありますが、まず大きかったのは、数年前にミャンマー人の妻と結婚したことです。彼女は技能実習生ではなく留学生として来日し、その後日本で働いていたのですが、日本に来るために仲介業者に大金を払わなくてはならなかったこと、長女としてミャンマーの家族に仕送りしなくてはならないことに大きなプレッシャーを感じていることなどをよく話していました。それを聞くうちに、「外国から日本に来て働いている人たちについての映画をつくりたい」という思いが自然と生まれてきたような気がします。
 また、5年ほど前に、SNSを通じて、あるミャンマー人女性からメールをもらったことも一つのきっかけになりました。彼女は、技能実習生として日本の会社で働いていたのですが、不当な待遇を受けていて「もう逃げたい、どうしたらいいか」と訴えていた。何度かやりとりをして支援団体につなごうとしたものの、結局は助けられないまま連絡が途絶えてしまったんです。
 そうした経験が重なる中で、この国は外国から来ている人たちを、人間ではなく「労働者」としてしか見ていないんじゃないか、人としての尊厳という部分を後回しにしているんじゃないかという思いが強くなってきて。これは映画として残さなくちゃいけない、と感じて、脚本執筆のための取材を始めました。

──主人公たちの出身地を、きっかけになったミャンマーではなくベトナムに設定したのはなぜですか。

藤元 最初からベトナムにしよう、と決めていたわけではありません。ただ、日本に技能実習生として来ている数はベトナム人が一番多くて、その中には失踪してしまった人もかなりいる。さらに、日本社会の中に、ある程度コミュニティができているので、物語が描きやすい。そういう事情もあって、最初にベトナムでオーディションをやったんです。そこで「これだ」という俳優さんが見つからなければ、他の国にすることも考えていたのですが、幸い主人公たちを演じてくれた3人とのいい出会いがあって。これはもうベトナムでいきましょう、ということになりました。

──彼女たちは、日本にいる技能実習生の実態については知っていたのでしょうか。

藤元 技能実習生については、ベトナムでは日本以上に知られていると思います。「技能実習生」という言葉自体が認識されているわけではないのですが、「ベトナムから日本に働きに行って、大変な目に遭った人がたくさんいるらしい」ということは多くの人が知っている。もちろん主演の3人も知っていて、特に1人の女優さんは、すぐ近所に住んでいる友達が日本で技能実習生として働いていたことがあると言っていました。
 彼女たちに映画のストーリーを説明すると、口を揃えて「つらい物語ですね。でも日本だけではなくベトナムにとっても必要な話だと思う」と言ってくれて。演じるにあたって、3人ともそういう意識は高く持っていたように感じます。

──脱走した元技能実習生たちや、それを保護しているシェルターなどにも取材を重ねられたそうですね。話を聞く中で、印象的だったことはありますか。

藤元 脱走に至った経緯や労働環境については本当に人それぞれなのですが、感情面では妻から聞いていた話とかなり重なるところが多いな、と感じました。自分のためではなく親や家族のために日本に来て、仕送りを続けなくてはならないというのは、僕にはほとんどない感覚ですが、そのことの重圧を語る人が思っていた以上に多かったです。
 そして、日本でうまくいかないことがあったり、ひどい目に遭ったりしても、それを祖国の家族には言えないというのも、多くの人に共通していました。僕の妻もそうだし、あるミャンマー人の友人も、日本でかなりつらい思いをしていたんですが、ミャンマーに帰って家族に会うと「日本ではすごく稼げているし、いい生活をしている」という話しかしないんです。

──家族に心配をかけたくないということなのでしょうか。

藤元 それもあるし、わざわざ日本まで働きに来たのに「うまくいっていない」なんて言えない、というプライドのような気持ちもあるんだと思います。そういう感覚は、ミャンマー人もベトナム人も同じだと感じました。

「不法滞在の犯罪者だからしょうがない」のか

──映画が劇場公開されてしばらくたちましたが、反応はいかがですか。

藤元 先日、上映後にサイン会をやったのですが、「(技能実習生についての)こういう事実を知ることができてよかった」という声をたくさん聞きましたね。僕に何か感想を言おうとしてくれたんだけど、うまく言葉にならずに泣きだしてしまった人もいました。女性が多かったですけど、予想していたよりは男性も来てくれていたと思います。
 あと、印象的だったのは、技能実習生を(日本側で)受け入れる「監理団体」で働いているという人からも、「見てよかった」という感想をいただいたこと。監理団体を批判しているようにもとれる映画ですから、嫌がられるんじゃないかと思っていたのですが……。「何を言ってるんだ、自分たちの団体はちゃんとやってるのに」と反発して終わるのではなく、「自分たちのところはちゃんとしていても、一方でこういう事実もあるんだ」と受け止めて、「見るべき映画だと思うので周りにも勧めます」と言っていただいて。この映画は、きっといい広がり方をしていくんじゃないかという希望を持ちました。

藤元明緒監督

──海外の映画祭にも出品されていますが、日本の観客と感想は違いますか。

藤元 それが、ほぼ同じなんですよ。「主人公たちのつらさや痛みを共有した」と言ってくれる人が多かったです。「移民についての映画はこれまでにもたくさん見たけれど、日本にこういう問題があるのは知らなかった、考えさせてくれてありがとう」とも言われました。
 もともと僕もこのテーマを、日本とベトナムでしか起きえない特別な社会問題ではなく、どこで起こってもおかしくない普遍的な問題として取り上げたいと考えていました。海外での反応を見て、この物語は国籍や住んでいる国を超えて伝わるんじゃないかな、という手応えは少し感じられた気がしています。

──そういえば、日本が舞台の物語ですが、日本人はほとんど出てきませんね。主人公たちが魚の仕分けの仕事をしている場面でも、1人の漁師が「早くしろ」と怒鳴るくらいで、他に一緒に働いている日本人などはほとんど映らない。なぜでしょうか。

藤元 一つには、これが主人公たちベトナム人女性の目線から描写した物語だということがあります。彼女たち自身が、そもそも周囲の日本人とそこまで親密になろうとしていない。その目線からすると、ああいう描き方になるわけです。
 それと、実際の世界でも、彼女たちが「労働者」としてそこにいるという関係性からもう一歩踏み出そうとする日本人ってなかなかいないと思うんです。そういう意識の表れを見せたいという意図もありました。
 あと、その漁師が怒鳴るシーンもそうですが、意図的にあまり日本人の映像は入れず、声だけが聞こえてくるという演出を多くしています。その声は「スクリーンに映っているあの人」ではなくて、映画を見ている私たち、自分たち自身が発している言葉なんじゃないか。そんなふうに感じてほしいと思ったんですね。そこまで想像を広げてもらえたら、とてもうれしいです。

映画『海辺の彼女たち』より

──不法就労の状況にある主人公たちは、パスポートも最初の職場で取り上げられて所有しておらず、もちろん有効なビザもありません。映画の中ではそこまで描かれていませんが、いずれは強制送還のようなかたちでベトナムに帰るしかないのでしょうか。

著者情報

映画監督

藤元明緒

ふじもと あきお

1988年生まれ。大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映画製作を学ぶ。日本に住むミャンマー人家族の物語を描いた映画『僕の帰る場所』(2017年)が長編初監督(脚本・編集も)作品。同作が、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門などで受賞を重ね、33の国際映画祭で上映される。長編2作目『海辺の彼女たち』(2020年)も脚本・監督・編集を務め、第68回サンセバスチャン国際映画祭の新人監督部門に選出された。2021年、コロナ禍の中、『海辺の彼女たち』は一般公開され、好評を博している。

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