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変革への闘い

パンデミック下の教育格差を抑える メキシコの挑戦1 ~オンライン学習に頼らないために

工藤律子(ジャーナリスト)

 小学1年生の場合、一番早く始まる授業の時間帯は、朝9時から11時半までで、一番遅いのが、18時半から21時だ。各教科の授業は30分で、毎日5つの教科が教えられる。例えば、社会、算数、国語、英語、公民・道徳、という具合だ。中学2年生ならば、最初の授業は朝8時からで、こちらも1つの授業は30分。1日に6つの教科、例えば数学、国語、物理、公民・道徳、テクノロジー、体育を学ぶ。もう一つの時間帯は、18時半から21時半だ。
 どの時間帯にも、同じ日ならば同じ授業が放送されるので、教科によって、観る時間帯を変えてもいい。ほかのきょうだいが観る授業との兼ね合いで、子どもは必ずしも連続して自分の授業を観られるわけではないからだ。家に1台しかテレビがない家庭では、家族全員の都合を考えて、授業時間を選ばなければならない。そこまで考慮した形で、番組時間割は作られている。すべての学年の時間割と放送チャンネルは、SEPのホームページ「家で学ぼう」で確認できる。

公教育省のウェブサイト「家で学ぼう」の小学校1年生の番組時間割の例。トップに3つの異なるチャンネルと時間帯の選択肢(Opción)が示され、下にそれぞれの月〜金の時間割がある。

「家で学ぼうII」が始まってから、新たに加わった教科もある。「健康的な生活」と「メキシコを愛することを学ぶ」だ。前者は、パンデミック下のメキシコで感染による死者が多い原因の一つは、食生活にあると考えられることから、発案された。特に貧困層の間では、栄養バランスのとれた食事よりも、主食のトルティージャ(トウモロコシの粉で作られた丸く平たいパンのようなもの)とソフトドリンクやお菓子を多く摂る傾向があり、子どもの肥満や糖尿病が問題になっているからだ。後者は愛国主義的な響きがあるが、32州それぞれの伝統や文化を紹介する内容で、各州の公共放送局が制作している。
「この国の言語や文化の多様性を可視化して、子どもたちに伝えています。また、一部の州では、先住民言語での放送も実施しています」(メレンデス)
 メキシコには、現在、少なくとも68の先住民言語が存在する。そのうちの16言語と公用語であるスペイン語の両方を使ったバイリンガル授業番組も、170本以上制作された。

 

制作スタッフ約300人

 現在の制作現場は、まさにフル稼働だ。月曜から金曜までの毎日放送される授業番組を、保護者教育・幼稚園・小学校担当、中学校担当、高校担当に分かれて、制作している。そこではまず、コーディネーター1人、その補佐数人、現役教師1人、脚本家1人がチームを組み、計16チーム、合わせて約300人で、脚本作りに取り組んでいるという。SEPのメレンデスは、そのプロセスをこう説明する。
「まず教師が、ふだん学校にいる時と同じように授業内容を準備します。それを、脚本家やほかの教師らとともに、どんな映像を使って、どこに学習ポイントを置いた番組にするか、考えます。こうして練られた脚本を、メキシコ言語アカデミーや各分野の学者にチェックしてもらい、さらにSEPの専門家が最終確認をしてから、スタジオ収録のリハーサルに入ります。そして最終的に、その脚本を作成したチームのコーディネーターと教師が参加して、SEPの放送局の3つのスタジオで収録するのです。その際、アドリブは一切無しです」
 教室での授業と違い、テレビ授業では言葉遣いから時間配分まで、きっちり決められている。全国の子どもたちはもちろん、教師や付き添いの大人も繰り返し視聴する可能性が高く、間違いは許されないからだ。
 慎重に手間をかけて、1週間におよそ155本の脚本を準備するという。それをもとに収録された番組数は、新年度の前期をカバーした「家で学ぼうⅡ」において、2635本に達した。
「番組を1本完成させるのに、約1カ月かけていることになります。番組放送の少なくとも1週間前には、全国の教師たちにその内容を伝えるようにしています。彼らが、十分な時間をかけて、番組を観た子どもたちに出す課題や補足説明の内容を考えられるようにするためです」
 SEPの細かい気配りのもとで制作された番組は、SPRの衛星アンテナを通して、各局へ配信される。そうして、全国のテレビの前にいる子どもたちが、毎日授業を受けられるわけだ。

「家で学ぼう」のスタジオ収録風景。(公教育省のテレビ局Canal Once提供のVTRより)

 2021年に入った今、SEPは、新型コロナ感染状況が改善した州から順に、教師のワクチン接種や1日の登校人数の制限などを条件としながら、徐々に学校を再開することを目指している。とはいえ、その場合でも、テレビでは「家で学ぼうIII」が、今年度が終了する7月初旬まで放送される。対面授業とテレビ授業を併用するのだ。
 今やメキシコの公教育の軸である「家で学ぼう」。だが、このシステムには、いくつかの課題がある。「テレビを使う」ことで避けられない最大の課題は、「双方向性の欠如」だ。教室で授業を受けるのと異なり、子どもたちはテレビから情報を受け取り、時に出演者と一緒に何かをすることはできるが、その場で教師に質問をしたり、意見を伝えたりすることはできない。クラスメートの声を聞くこともない。ともすれば、テレビ画面から一方的に語りかけられることをひたすら見聞きするだけで、途中、わからないことがあっても、そのまま終了するまでただ見続けることになる。つまらなくなって観るのをやめてしまうことも。学びを定着させるには、メレンデスも触れたように、テレビ授業プラスアルファの対応が必要になる。それがどこまで提供されるか、できるかによって、子どもたちの学びに差が生まれることは確かだ。

(つづく)

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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