「自由意思で性を売る女性」を持ち出すことで、何が見えなくなるのか
仁藤夢乃(社会活動家)
2026年9月3日、私たちは参院議員会館で、売春防止法の見直しをめぐる緊急院内集会を開いた。法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」(座長 : 北川佳世子 早稲田大法学学術院教授)が8月下旬に示した取りまとめ報告書案では、売る側を処罰する売春防止法第5条を残すことが適当と示されている。一方で、買う側については路上での勧誘等を規制することに異論はなかったものの、買春そのものを需要側の責任として処罰する方向には至っていない。
この日の集会で繰り返し語られたのが、性を売る女性を「自発的にやっている女性」と「支援が必要な女性」に分けてはならないということだった。
私は、Colaboが出会ってきた少女や女性たちについて話した。性売買に至る背景には、虐待や性暴力、貧困、家出、住居喪失、孤立、借金などが重なっている。誰かに監禁され、無理やり性を売らされている人だけが性搾取の被害に遭っているわけではない。自分で歌舞伎町(東京都新宿区)に行き、自分で路上に立ち、自分で客を選び、お金を受け取っていることもある。自ら風俗店の求人に応募する女性も多くいる。それを一つひとつ取り出せば、本人が自分の意思で行動しているように見える。
しかし問わなければならないのは、その女性に「性を売らない」という選択肢が実際に保障されているのかということだ。
私たちが求めているのは、「強制された女性だけは処罰しない」という制度ではない。どのような経緯で性売買に至ったとしても、売る側を処罰せず、買う側と、他人の性売買から利益を得る側の責任を問い、性売買から離れたい人にはその後の生活まで保障する仕組みをつくることだ。だから、「この女性は本当に自発的だったのか」を警察や行政が判定する必要そのものがない。
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弁護士でColabo理事の角田由紀子さんも、「自由意思」の問題について法律の側面から丁寧に説明した。民法が想定する取引は、対等な2者の間で行われることが前提にある。しかし性売買では、金を持つ買う側と、金を必要として性を売る側との間に力の差がある。そうした関係を、対等な2者による単なる「個人間の取引」として捉えること自体に問題がある。
角田さんは、性売買では金銭がなければその性行為自体が行われないことに目を向け、「お金はどういう役目を果たすためにそこに存在するのか」と問いかけた。そして、「性を売るかどうかは自己決定権の話ではない」と明確に述べた。高度に発展した資本主義社会であっても、あらゆるものを金で売り買いすることが認められているわけではなく、人が「同意した」「自分で選んだ」と言えば、どのような行為でも社会が認めなければならないわけではない。そもそも、その「同意」がどのような関係の中でなされたものなのかを考えなければならない。「力関係の異なる、つまり権力勾配のある2者の間には、そもそも『同意』は成立しないと考えるべきである」とし、金という力を使って性行為への同意を求めることは、人への支配であり、暴力であるとも指摘した。
さらに臓器売買や人身取引が禁止されていることにも触れ、人間の尊厳に関わるものを、本人が望んでいるというだけで売買の対象にしてよいわけではないと説明。また形式的な本人の意思だけを切り取るのではなく、人間の尊厳や人権、そこにある力関係から考えなければならないと話した。
性を売らなければ生きていけないのであれば、性を売ることを「自己決定」として認めるのではなく、まず社会保障などによって政治が解決すべき問題だ。つまり、問うべきは「女性が自分で選んだのか」だけではない。その人が性を売らなくても生きていける条件が社会の側に用意されているのか、そして金を持つ側と必要とする側との力の差を無視して、その選択を本当に「自由」なものとして扱えるのか、ということだ。個人の尊重や法の下の平等を掲げる憲法の理念から考えても、女性の身体を金銭によって性的に利用する性売買は、その理念に反するものだと指摘した。
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続いて、性売買経験当事者ネットワーク「灯火」のメンバーが、「私たちは生き延びるために性売買を選びました。しかし実際は選択肢などありませんでした」と語った。虐待から逃れ、住む場所を求めて14歳で性売買店に入った人、貧困家庭で育ち学費を稼ぐために始めた人、低収入の中で生活費を得るために始めた人、虐待や性暴力によるPTSDで失業し、性売買に入った人など、一人ひとりの経験が違うことを紹介したうえで、こう問いかけた。
「私たちは性を売ったことがあります。そんな私たちのうち誰を自発的だとして罰し、誰を支援が必要な人として救うのでしょうか」
集会には国会議員5人が参加して発言し、1人からメッセージが寄せられた。そこでも、性を売る女性を処罰するのではなく買う側の責任を問うこと、性売買から抜け出したいと思った時に頼れる支援先や制度が必要であること、買春を処罰すると「地下に潜る」という議論についても暴行や傷害が地下化する可能性があるからといって処罰しないことにはならないこと、売春防止法が守るものを「性道徳」から個人の人権へと転換する必要があることなどが語られた。
その後に発言したのが、元法務大臣・元衆議院議員で弁護士の平岡秀夫氏だった。平岡氏は事前に私たちの意見書を読み、「大変難しい問題」と率直な感想を述べた。性売買を暴力の問題として捉え、法が守るべきものを人の尊厳や人権とすることについては「全く異論がない」としたうえで、「どうしても引っかかるのが、売春防止法第3条をどのように考えるかという点です」とも話した。
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売春防止法第3条は、「何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない」と売春行為そのものを禁止している条項だ。平岡氏はこの規定について、制定当時は女性も含め多くの人が罰則なしで売買春を禁止することに賛同していたことを前置きで紹介し、「この条項が今も維持されるべきなのか」と述べた。
ちなみに売春防止法が制定された当時、売春を禁止することに女性議員も賛同していたことや、「売春」の定義が妊娠の可能性がある性交に限られた背景に、性を売る女性への差別や貞操観念があったことについては、すでに角田さんがこの日の集会で説明していた。
平岡氏は、角田さんが性売買について人身売買や臓器売買を例に、性売買を人権・尊厳にかかわる問題として説明したことを取り上げ、「それについてはAIに聞いてみました」と話した。そうしたところ、「(性売買を人身売買や臓器売買と同じような法律構成にすることは)一つの考え方として評価できる」とし、「自由な意思に基づいて性サービスを提供する人たちの自己決定権をどうするのかがしっかり検討されなければならないとあった」と、AIから得た回答を紹介した。
さらに、私たちがそれまで話してきた性売買の実態についても、「綺麗ごとではない現実はよく分かります」としながら、「純粋に考えた時に、この自己決定権の問題をどう提示できるかがはっきりしなければ、(性売買の取り扱いをどうしていくのかということの)全体像が描けないのではないか」と主張した。
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私は、いったいそれまでの話をどう聞いていたのだろうと思った。なぜならその点については、直前まで集会を通して一貫して話されてきたことだったからだ。私たちは女性に「性を売るな」と言っているわけではない。どんな事情で性売買に至ったとしても、売る側を処罰するべきではない。むしろ買う側や、他人の性売買から利益を得る側の責任を問い、女性には性売買から離れたい時に離れられる支援を保障するべきだ、と言っている。
にもかかわらず、「自由意思で売る女性もいるのではないか」ということが、まるで私たちがまだ答えていない重大な論点であるかのように持ち出された。
私が、「AIに聞いてもダメです。当事者の話をちゃんと聞いてください」と答えると、会場には笑いと拍手が起きた。女性が性的に商品として並べられ、消費されることがあまりにも当たり前になっている日本では、AIもそれを学習した回答をすること。そもそも性売買で問題なのは、膣性交があったかどうかでもないこと。挿入がなくても女性たちはさまざまな形で性的に搾取されているし、挿入があるかどうかで女性の苦痛を違うものとして扱うべきではないと私は話した。