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連載

性売買の被害ではなく「性産業への影響」を重視する有識者会議

仁藤夢乃(社会活動家)

 2026年5月29日に法務省で開かれた、第4回「売買春に係る規制の在り方検討会」(座長 : 北川佳世子 早稲田大学法学学術院教授)の議事録が公開された。本連載前回の「性売買を『景観』の問題にしてよいのか」でも書いたように、この検討会では、性交を伴わない性売買を売春防止法の対象に含めることの是非や、買春処罰の在り方などが議論されている。

 今回の議事録を読んでいて印象に残ったのは、制度を変えた場合の性産業への影響を懸念する発言が非常に多いことだった。「性交類似行為」を売春の定義に含めることで、風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律、風適法とも)のもとで営業する事業者との関係はどうなるのか。規制を強めれば、女性たちはより危険な場所へ追いやられるのではないか。性産業が地下化し、反社会的勢力の介入を招くのではないか――。

 第4回検討会ではこうした懸念が、根拠のないまま繰り返し語られていた。以下、議事録を適宜要約しながら、検討会の内容を紹介する。

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 まず議論になったのは、性交類似行為を売春防止法上の「売春」に含めるかどうかだった。それについて追手門学院大学心理学部教授の櫻井鼓さくらいつつみ委員は、現行法の中で膣性交だけが売春で、それ以外は違うという整理が本当に適切なのかという問題意識があると意見した。そのうえで、刑法や児童買春等禁止法との整合性も考慮しながら、まずは肛門性交から対象に加え、口腔性交等は検討課題とすべきと続けている。

 性売買の現場では、膣性交や肛門性交に限らず、口腔性交や手淫などさまざまな性交類似行為が行われている。刑法は性交類似行為についても、性交と同程度の身体的・心理的侵襲性があることを前提に、処罰対象を広げてきた。だが、そもそも金銭の対価によって、裸の身体を他者が好き勝手に扱うことができるという状況自体が、暴力や支配の構造と切り離せるものなのかという点は議論されなかった。

 弁護士の大橋君平委員が売春の定義変更に懸念を示したのを受けて、東京都立大学法学部教授の星周一郎委員も、不特定の相手方との間で対償を受け、又は受ける約束で行う性交類似行為について、社会的な価値判断が一致しているとは言えないと発言。「(風適法の)規制の下であれば、一定範囲で適法とされている現実もあります。(中略)風適法の規制と異なる形で一律に売春防止法で禁止することを正当化する根拠というのは、現状においてはなかなか見出しづらい」と述べた。

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 検討会ではすでに、性売買の現場で生じている暴力や脅迫などの実態が当事者や支援団体から報告されているにもかかわらず、現実の被害との関係を検討しないまま「法改正すべき根拠は見出しづらい」と結論づけている。

 さらに星委員は「性交類似行為に関しては、一概に、人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗を乱すとまで言い切れるものではない」と述べ、売春の定義を改めることには慎重であるべきと主張。その論拠として、「自らの意思でこういったサービスを提供する性風俗産業に従事している従事者の方がいることも事実」であり、規制の拡大がかえってその人らの状況を困難に追い込む可能性もあると述べた。「暴力」を「サービス」として捉えることの問題は議論されず、それが当然の前提であるかのように語られている。

 株式会社宮城テレビ放送常務取締役の大沢陽一郎委員も、性交類似行為を売春に含めることによって現在営業している性風俗店や、そこで働いている人たちに相応の影響が及ぶことが予想されると述べ、その影響も十分に考慮した検討が必要だとした。

 名古屋大学大学院法学研究科教授の古川伸彦委員は、個人の価値観では現行の売春防止法には疑問があるとしながらも、現在、風適法の下で適法に営業しているものを、売春防止法の改正によって違法化するというのは「はしご外し」のような提案であり、法律家としては躊躇を覚えると述べている。また、「風適法の在り方を抜本的に見直すというのであれば別論」としつつ、「売春防止法で風適法を上書きするのは悪手だと思います」と主張した。

 風営法(風適法)の在り方を抜本的に見直す必要性があるにもかかわらず、そこを抜きにして、風営法に影響しない形での売春防止法の改正を議論するから、議論が今起きている現実の問題から出発できなくなっていることはその通りだ。だからこそ風営法の改正にも手を付けるべきだが、古川委員によれば、「現行の膣性交売買の禁止すら大っぴらに破られている疑いがある。(中略)これを何とかするのが先であり、禁止対象の拡大はその先の課題であろう」とのことだった。

 現行法が膣性交だけを禁止していても、その前後には性交類似行為が行われるのが実態であり、密室で行われる性売買の現場で膣性交があったかどうかを第三者が立証することは容易ではない。現行法が実効性を欠いている要因を検討せずに、「現行法でも十分に機能していないのだから、禁止対象を広げるべきではない」と禁止対象の拡大に慎重であるべき理由として用いるのはおかしい。

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 成蹊大学法学部教授の佐藤陽子委員も、現在、適法とされている領域を違法化することによって、仕事を失う人や、社会保険に入れない人が出てくる可能性があると述べ、守りたい人たちがかえって苦境に陥るようなことがあってはならないとして、売春の定義を広げることに慎重な姿勢を示した。しかし、風俗店では女性たちを業務委託や個人事業主として扱っているため、この指摘にあたる可能性があるのは店を運営する側として、社員雇用されている男性従業員だけとなる。

 風俗店の実態を知らずに発言していると思わざるを得ない議論が続く中で、性売買以外の仕事や生活を選択できるようにするための脱性売買支援については、必要性に言及する委員はいたものの、具体的な制度設計や支援の在り方は一向に議論されない。

 同志社大学法学部教授の川崎友巳委員は、議論の進め方そのものに疑問を呈した。川崎委員は、「性産業への影響という点が、売春の定義を改めることについてのネガティブな要因になるとされている」と整理したうえで、それは派生する影響の問題であって、まず議論すべきは売春の定義を改める必要がある状況なのかという点ではないかと述べた。そして本当に必要なのであれば、その後に風営法との関係などを考えればよいのであって、順番としてはそこではないかと指摘した。

 私もその通りだと思う。日本の性売買は売春防止法と風営法が相互に支え合って維持されてきた現実があり、売春防止法の改正の必要性をまともに議論しようとすれば、風営法の改正の必要性がセットになってくることは明らかなのだ。そこに目を向けず、風営法に影響を与えないための売春防止法改正が議論されるのでは、法改正が行われたとしても実効性のあるものにならない。

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 その後、星周一郎委員から、売春防止法の制定時に、なぜ売春をする行為とその相手方となる行為に罰則が設けられなかったのか? という質問が出された。

 これに対し法務省の栗原正明参事官からは、制定過程では売春をした者は処罰ではなく保護救済の対象とすべきとの意見があったほか、売春をする側とその相手方の双方を処罰すれば立証の過程で公権力による私生活への介入などの人権侵害が生じるおそれがあること、合意の下で行われる無償の性行為との比較から金銭の授受があることだけを理由に直ちに処罰することには疑問があることなどが指摘されていた、との回答があった。

 さらに栗原参事官は、売春への勧誘など周辺行為の処罰と、売春をした者への保護更生措置によって売買春を相当程度抑えることが可能だとの考えもあり、売春をし、又はその相手方となる行為そのものは処罰対象とされなかったとも説明している。

 これらは制定過程で示された考え方の紹介であり、なぜ買春処罰が導入されなかったのかについては、検討会でも明確に示されなかった。この点について、弁護士の角田つのだ由紀子さんは、当時の歴史的背景にも目を向ける必要があると指摘している。角田さんによれば売春防止法の制定当時、買春客にはアメリカ軍兵士も多く、彼らを処罰したくなかったためとの見方ができる。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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