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女子高生が「米」を盗まなければならない社会で 〜広がる貧困の責任はどこにあるのか

仁藤夢乃(社会活動家)

 2026年3月25日、17歳の女子高校生が北海道札幌市のスーパーで5kg入り4838円の米1袋を盗んで逮捕され、調べに対し「お金がなかったから万引きしました」と話したと報道された(北海道ニュースUHB、2026年3月28日)。

 住所不定と報じられた彼女が盗んだのは、お菓子でもパンでもなく、米だった。家に帰れる状態だったのか、落ち着いて暮らせる場所があったのかどうか、誰と暮らしていたのか、わからない。だけど、きっとその米は、自分で食べるためだけに盗んだのではないだろう。

 誰と食べるつもりだったのだろうか。誰に食べさせたかったのだろうか。

 家族に食べさせるためだったのかもしれないし、少女が一緒に住んでいる同世代の友人たちや、彼女をグルーミング(手なずけ行為)して働かない20代の男性だったりするかもしれない。そのような生活をしている少女たちと、私はColabo(コラボ)の活動を通して日々出会っている。

 もちろん、窃盗は許されることではない。しかし、なぜ食べ物を盗まなければならない状況になっているのか、背景に目を向けた対策が必要だ。

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 私も、15~17歳の頃、家が安心して過ごせる場所ではなく、家に帰れなかったり、家族が頼れる状況になかったりして、貧しい生活をする同世代の少年少女たちと過ごしていた。

 女子高校生が米を盗んだと聞いて、当時の生活が思い出された。5kg袋の米を盗むのは、簡単ではない。それを抱えて走るのも、大変だ。彼女にはそれだけの理由があったのだろう。

 家に帰れずに過ごしていた頃、同じような境遇の子どもたちの中で、万引きは身近なことだった。なぜなら、食べるものがない、お金がないから。帰れる家や身分証、履歴書に書ける住所がなかったり、風呂に入れていなかったり、親の許可がなかったりすると、未成年では雇ってもらえずバイトもできない。そのため、食べてゆくのに体を売ったり盗みを働いたりするしかない子どもたちが、今もいる。

 社会の中で適切にケアされず、路上で生活を続けているところを警察に見つかって補導されたり、児童相談所に一時的に保護されたりした後に、家に帰される子どもたちも多い。

 そうした経験を繰り返し、大人が誰も助けてくれない中で、「持てる人から持たざる者が奪うことは当然の権利だ」という顔で万引きをするようになっていった人もいた。だけど、その子どもたちも、初めからそうだったわけではない。

「本当は誰かに止めてほしかった」「今の生活や状況に気づいてほしかった」「状況を変えたかったけど、子どもの力ではどうにもできなかった」と、中学時代の万引きを泣きながら振り返った少女もいる。罪悪感を持っていたり、そんな自分の状態を恥ずかしいと思っている人もいる。

 毎日の食事に困り、今日食べるものがない中で生きている子どもたちが、この国にはたくさんいる。日本の子どもの貧困率は11.5%(21年、厚生労働省調べ)で、9人に1人の子どもが相対的貧困状態にある。

 Colaboのバスカフェも、コロナ禍以降、「食べるものがない」という少女たちが増え続けている。5年以上、事態は悪化し続けている。バスカフェには、家に帰ることができない少女だけでなく、家で十分に食事をとることができない状況から、食料品を「弟や妹に食べさせたい」「家に持って帰りたい」という人の利用も増えている。

 日本では、高齢者による万引きも多く、特に食料品の万引きが繰り返し報じられている。貧困は全世代に広がり、困窮者支援現場には女性の相談が増え続けている。

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 毎週土曜日に東京都庁前で開催されている食料配布には26年5月に入って2週連続で900人以上が並び、5月23日には1000人を超えたという。配布されるのは1人につきバナナやトマト、レトルト食品や非常食2~3個、カロリーメイトなどの栄養補助食品1、2個などと、決して多くはない量。だがそれでも、何時間もかけてこれらの食べ物を取りに来る人が、それだけの数いるのだ。1000人分の食料品を民間団体が毎週用意するのは、とても大変なことであり、そもそも貧困対策は公的責任によって行われるべきだ。

 食べることすらできない人たちがこれだけいるのは、国家の責任だ。私たちは、国に、貧困を国家の社会的責任として解決するよう働きかけなければならない。福祉は恩恵ではなく、国家の責任であり、人権保障であり、市民の権利なのだという認識を広めなければならない。

 私が夜の街で日々出会う少女たちも、空腹の中にいる。食べるものがない、安心して暮らせる場所がない、生きる基盤そのものが奪われている人がこの社会には溢れている。

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 最近、韓国で80代の女性が、夫に食べさせるためにあんパンを5個盗んだ事件が報じられた。女性は、20年間にわたり病気の夫を一人で世話して生活困窮状態にあり、「夫があんパンを好きなので食べさせたかった」と話したという(KOREA WAVE/AFPBB News「韓国・80代女性がパン5個盗む『夫に食べさせたくて』…警察が緊急生計費支援へ、処罰だけでなく福祉」、2026年5月18日)。

 韓国警察は、この女性を単に処罰するだけではなく、行政の福祉センターにつなぎ、緊急生計費の支給を受けられるよう支援した。警察関係者は「犯罪には原則的に対応しなければならないが、生計型犯罪と社会的弱者の困難もともに見る必要がある」「今後も危機的状況に置かれた隣人が必要な支援を受けられるよう、きめ細かく見守っていく」とコメントしている。

 日本でも、「生計型犯罪」を処罰だけで終わらせず、福祉につなぐ仕組みをつくる必要がある。

 なぜ17歳の少女が米を盗まなければならなかったのか。彼女の事情はわからないが、少女が米を窃盗するまで追い詰められ、事件を起こすまで支援が届かなかったことこそ問われるべきではないだろうか。必要なのは、少女が、誰もが米を盗まなくても生きていけるようにすることだ。

「盗む前に相談すればよかった」という声もあるだろう。しかし、住所もなく、頼れる大人もおらず、支援制度の存在も知らず、あるいは制度から何度も見放されてきた子どもにとって、「助けを求める」という選択肢そのものが存在しないというのは、よくあることだ。

 食べるものがない、帰る場所がない、頼れる大人がいない。そのような状況に置かれた人が助けを求めるのを待つのではなく、支援の側から手を伸ばさなければならない。少女が米を盗まなくても食べていくことができる社会をつくる責任は、何よりも国家にある。

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 26年5月29日に国会前で開催された反戦デモで、反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作さんがスピーチし、コロナ禍時以上に貧困が拡大し、深刻化している現状を報告した(以下、スピーチの内容ママ)。

 貧困が拡大し、支援現場は焼け野原状態であること。20年前から物価が25%上がり、水道光熱費は18%上がっているのに、生活保護費が一切上がっていないこと。現政権は国会の中で一度も貧困格差の問題を扱っていないこと。高市早苗首相が10年以上前に生活保護利用者を「さもしい」と言ったことなどを批判し、軍事費ではなく困窮者支援に金を使うべきで、高市政権は困窮者や難民の声を聞けと訴えたうえで、「立て! 飢えたる者!」と呼びかけた。

 日本国憲法25条は、すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障している。子どもが空腹の中で生き、高齢者が食べ物を盗み、1000人を超える人が食料配布に並ぶ社会を、平和な社会と呼ぶことはできない。私たちの平和は、すでに奪われている。

 政治家たちは憲法を変えようとするのではなく、憲法を守るべきだ。憲法25条が保障する生存権を実現しろと、私たち市民が声を上げなければならない。

 生活が苦しい状況にある人は、声を上げる力も、その余裕も奪われ、多くのことを諦めさせられている。状況がこれ以上悪くならないようにするためには、「立て! 飢えたる者!」の声に私たちがどう応えるのかが問われている。

著者情報

社会活動家

仁藤夢乃

にとう ゆめの

1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。これまでに夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供といった活動を展開。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員を務めた。TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演中。著書に『難民高校生』(英治出版)、『女子高生の裏社会』(光文社新書)。

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