性売買を「景観」の問題にしてよいのか ~売春防止法の保護法益を問う
仁藤夢乃(社会活動家)
法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」(座長 : 北川佳世子 早稲田大法学学術院教授)では、2026年3月から売春防止法の見直しに向けた議論が進められている。Colabo(コラボ)は5月、この検討会に対し、買春処罰の導入とあわせて、売る側の非犯罪化と脱性売買支援を含めた法制度の必要性についての意見書を提出した。
意見書では、歌舞伎町の現場で、買春者やスカウト、ホストやメンズコンカフェ業者、性売買業者などが少女や女性たちを性売買へと誘導し、搾取している実態を伝えた。
日本では売春防止法で売買春を禁止しながら、風営法(「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」)のもとで「性交類似行為」とされる性売買が「サービス」「産業」として広く営業できる制度となっている。そのため、買春処罰だけを導入しても、「買いたければ風俗店へ、売るなら路上ではなく店へ」という形で、女性を性売買へ誘導する構造は変わらない。路上で性を売る女性の多くが風俗店での性売買も経験しており、実際に東京・新宿の歌舞伎町では、路上に立つ女性に対し、性売買業者が「路上は逮捕のリスクがあるから店へ来ないか」と声をかけ、風俗店へ誘導している。
こうした実態から、買春処罰に加え、売る側の非犯罪化、脱性売買支援、そして風営法を見直し、業者が性売買によって利益を得られない法制度へ転換する必要がある。
性売買経験当事者ネットワーク「灯火(とうか)」も、私たちと同じく意見書を提出した。その中で当事者たちは、「買うことはいっときの快楽でも、私にとっては一生の傷なのです」「性売買の中にいる女の子たちを責める法律を変えてください」「性売買の中にいる女性が『処罰の対象』であり続ける限り、被害はなくなりません」と、自らの経験をもとに「買春処罰と同時に、売春の非処罰化と脱性売買支援を含めた法制定」を訴えた。
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その後、検討会では論点整理が行われた。しかし、整理された論点には売春防止法第2条の「売春の定義」は含まれていたものの、売春防止法が何を守るための法律なのかという第1条の「保護法益」は論点として挙げられなかった。
保護法益が論点として整理されなかったため、検討会では、性売買を何の問題として捉えるのかという前提が議論されないまま、現行法が保護法益としてきた「性道徳」や「社会の善良の風俗」を前提に議論する委員からは、路上売春を「景観」や「公然迷惑性」「地域の風紀」の問題として捉え、条例による対応を検討すべきだという意見が出されている。一方で、性売買を女性に対する人権侵害・性的搾取として捉え、買春者への責任や搾取の構造を問うべきだという意見も出されている。
議論が噛み合わないのは、規制の方法以前に、売春防止法が何を守るための法律なのか、すなわち保護法益について議論されていないからではないだろうか。
そこで、Colaboは26年6月25日、売春防止法の保護法益に関する意見書を重ねて検討会に提出した。
売春防止法第1条は、「売春が人としての尊厳を害する」と規定している。一方で、これまでの運用では「性道徳」や「善良の風俗」を守るという考え方が重視され、性売買を経験した女性への偏見や処罰を支えてきた。弁護士でColabo理事の角田(つのだ)由紀子さんは、その結果、本来守られるべき女性の人権や尊厳は十分に守られてこなかったと指摘した。
また、24年の女性支援新法(「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」)の施行により、性売買を経験した女性は保護・更生の対象から支援の対象へと位置づけが変わった一方で、売春防止法第5条はなお女性を犯罪者として扱う矛盾を抱えていること、日本社会では長い歴史の中で形成されてきた性売買を経験した女性への差別や蔑視によって、「女性としての人権」が十分に顧みられてこなかったことも指摘した。
そのうえで、売春防止法の保護法益を「善良の風俗」ではなく、「女性の人権」と「女性の人としての尊厳」として捉え直し、性売買を女性に対する人権侵害・性搾取として位置づける必要性を唱えた。また、性交類似行為も含めて売春の定義を見直すこと、売る側を処罰せず、性売買をしなくても生きていける支援体制を整えること、そして買春者を適切に処罰することが、女性の尊厳の回復には不可欠であると述べた。
意見書の全文はColaboの公式サイトにあるColabo通信「【意見書提出】法務省『売買春に係る規制の在り方検討会』に保護法益に関する意見書を提出しました。」(2026年6月25日)から読むことができる。
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意見書提出には、自治体議員やColaboスタッフも同行し、メディアの取材に応じ、それぞれの立場から現場で見えている実態について語った。
狛江市議会議員の平井里美さんは、地元で行っている困りごと相談の中で、若い女性から性売買に関する相談を受けることがあると話した。見た目では分からない障害があり、十分に働くことが難しい女性が、新宿で性売買を経験したことを打ち明けることもあるという。本人は福祉にもつながっているが、作業所(就労移行支援事業所)の工賃だけでは生活できず、「また体を売るしかないのではないか」と相談されることもあると語った。
また、東京都狛江市には風俗店はないが、新宿へはすぐに行くことができることから、地域に性産業が見えなくても性売買の問題は身近に存在しているとも指摘した。SNSを通じて性売買に巻き込まれるケースもあり、「自分たちの自治体にないから関係ない」という問題ではないという。
検討会では、「路上売春への対応を地域の条例に委ねるべきだ」という意見も出されている。しかし平井さんは、性売買は特定の繁華街だけの問題ではなく、地域に性産業が見えなくても起きている問題であることから、条例による地域ごとの対応では限界があり、全国的な課題として捉える必要がある、買春者の中には、買春が人権侵害だと思わず、むしろ女性に「優しくしている」と考える人もいると指摘。そうした認識を変えるためにも、買春が許されない行為であることを社会に明確に示す法制度として、買春処罰が必要だとも述べた。
さらに平井さんは、自身が関わった人権条例の議論でも男性を中心に「思いやり」という発想にとどまり、人を支配すること自体が人権侵害であるという視点が十分に共有されない場面があったと振り返った。そのうえで、人を支配してはならないことや、買春が人権侵害であることを子どもの頃から学ぶ人権教育の必要性を訴えた。
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10代の頃にColaboと出会い、現在はバスカフェで少女や若年女性への声かけを担う20代の女性も、意見書の提出に同行した。
彼女は、バスカフェで出会う女性の多くが、知的障害や精神疾患を抱えており、虐待から逃れて地方から歌舞伎町へ来ている人も少なくない実態を話した。10代だと思って声をかけたら20代後半だったこともあり、年齢だけでは、その人が置かれている状況は分からないという。「今日はご飯を食べていない」という人に出会うことも多く、成人していても、虐待や障害、生活困窮などを背景に性売買の中にいる女性は少なくなく、支援が必要な状況は変わらないと話した。
また、ホテル街では、路上に立つ女性を眺めながら酒を飲む男性や、面白半分で来ている若い男性を日常的に目にすると語った。女性たちへの声かけの活動をしていると、男性から絡まれることもあり、歌舞伎町は女性の尊厳が傷つけられている現場だと訴えた。現在の制度では性を売る女性の側が不利益を受けやすい一方で、買う側の責任は十分に問われていないと指摘した。
彼女は、一度性売買に入ると抜け出すことが難しい現実についても話した。女性たちはさまざまな傷つきを経験しており、性売買をせずに生活するためには多くのハードルがある。そのため、買春者の責任を問う法制度へと改めることとともに、女性たちが性売買をしなくても生活できる支援を充実させ、女性たちが安心して暮らし、学び、働ける社会をつくる必要があると訴えた。
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