「自由意思で性を売る女性」を持ち出すことで、何が見えなくなるのか
仁藤夢乃(社会活動家)
今回、平岡氏は目の前に当事者も支援者も専門家もいるところで、まずその人たちに尋ねるのではなく、「AIに聞いたら」と話し始めた。これは笑い話では済まないと思う。自分が何を理解できていないのかさえわからなくても、AIに聞けばわかったような言葉で答えてくれる。それを「知識」として受け取り、さらに自分よりその問題について経験も専門性もある人に説明することまでできてしまう。ミソジニーとAIは、相性がいいのかもしれない。
政治家が政策を考える時に必要なのは、もっともらしい「理論」を素早く手に入れることではないはずだ。目の前で何が起きているのかを見ること。当事者の話を聞くこと。自分の理解と現実が食い違った時、自分を問い直すこと。わからないなら、読む。調べる。聞く。そして、誰の人権が侵害され、誰が利益を得て、誰が責任を負わされているのかを見る。
「自由意思で性を売る女性もいるかもしれない」と言うことは簡単だ。実際に、現代の性売買の多くは、あからさまな脅しなどによって強制されるものではなく、自身の「選択」によって行われる現実があることは私たちも集会で話した。しかし、その構造を見つめる必要がある。
やはり「自由意思で性を売る女性はどうするのか」と問う前に、「性を売らなくても生きていける自由を、この社会は女性たちに保障しているのか」と問うべきではないか。
そのスタート地点に立つことが、この日本社会では難しいのだという現実を突きつけられている。