「プロゲーマー夫婦」と呼ばれて
百地裕子(プロゲーマー)
「何を寝ぼけたことを言っているの、地に足つけて生きなさい」
母の辛辣な言葉が胸に突き刺さりました。しかし私はそんな心配を尻目に、〈ももち〉とひたすらゲームの道を突き進みました。

結婚前、初めて海外大会に参戦したシンガポールでのツーショット
プロになったけど生活はきつい
10年4月、〈ウメハラ〉さんが格闘ゲームで一人目のプロゲーマーとなりました。それをきっかけに「自分もプロゲーマーになりたい」と思い始めた〈ももち〉の気持ちに気づいたので、私は彼をプロゲーマーにするための活動を始めました。自費で海外の大会に出場する、海外企業に英語でメールを送る、英語でブログを始めるなど、海外に向けた情報発信を精力的に行った結果、11年7月、アメリカのプロゲーミングチーム「Evil Geniuses(イービルジーニアス)」(本拠地・カリフォルニア州サンフランシスコ)のアレキサンダー・ガーフィールドCEOからスカウトの連絡が届き、私たちはプロゲーマーになりました。
その時、私自身はプロゲーマーになるつもりはなかったのですが、ガーフィールドさんが「裕子も一緒に」と熱く誘ってくださったので、私もプロの道を歩き始めることにしました。
プロになって最初の3年間は、とにかくきつかったです。海外遠征の交通費や宿泊費などはチームが全額負担してくれたのですが、給料は私たち二人が安定した生活を送れる額ではなかったので、私は居酒屋の店員として、〈ももち〉はホテルマンとして働きながら活動していました。
そのような状態でしたから、将来への不安は常にありました。先がまったく見えないプロゲーマーという職業をいつまで続けるのか、もしくはいつまで続けられるのか。先のことを考え始めると駄目になってしまいそうだったので、なるべく考えないようにしていました。今では大会の賞金額が上がり、仕事一つひとつの報酬も上がったのでプロ一本で食べていける人が増えましたが、当時は賞金額も低いし、プロゲーマーという存在自体知られていません。そんな職業が成り立つとは、周囲の誰も思わなかったことでしょう。
当時、大学時代の友人などに「このままプロゲーマーを続けていてもいいのかな? それとも辞めて再就職すべきかな?」と相談したこともあったのですが、ほとんどの友人は「プロゲーマーは辞めるべき」と諭してくれました。中には「プロゲーマーって聞いて、正直馬鹿にされた気がする。絶対うまくいくわけないから、辞めたほうがいい」と答えた友人もいました。
言いにくい本音を正直に伝えてくれて有り難かったですが、ちょっと胸にくる言葉でした。でもそんな言葉を受け止めながら、このままでいいのか悩みながらも結局、私は夫と二人でプロゲーマーを続けました。今は続けていて本当によかったなって思います。
時には本気で! 公開夫婦げんか
私と〈ももち〉は、お互いに思ったことや意見を口に出すタイプなので、常日頃から言い合い(意見の出し合い)をします。二人でゲームをプレーする様子をインターネットで生放送したりもするのですが、その際にもしょっちゅう言い合いが勃発します。とてもささいな小競り合いから、お互いの考え方についての議論まで、多種多様なことで言い合いが始まります。継続的に視聴している人の多くは、それを「夫婦漫才」と呼んで楽しんでくれています。あまりのヒートアップぶりに怖がる視聴者さんもたまにいますが……実は本気でけんかしている時もあります(笑)。
よその夫婦のけんかに立ち会う機会なんて、なかなかないですよね。しかし私たちの生放送では、高確率で遭遇することができます。コメントを書き込んで一緒に言い合ってくれる視聴者さん、二人の言い合いを見て、ただただ楽しんでくれる視聴者さん、心配してくれる視聴者さん、いろいろな人がいて、これまた生放送を楽しくしてくれています。
この時間は私たちにとって重要で、こうした言い合いにより仲が深まっているように感じています。私も〈ももち〉も引きずるタイプではないので、意見を出し合うことはお互いにプラスになります。真剣に議論して、時にはムッとしたり、時には大爆笑したりするのですが、その議題は「ウインナーソーセージにマヨネーズをかけるかどうか」「味噌汁にじゃがいもを入れるのはアリかナシか」といった本当にどうでもいいようなことから、「プロゲーマーとしてのあり方、生き方について」というかなり真面目な話まで様々です。
〈ももち〉は論理的によく考えてから、筋道立てて発言をする人で、基本的にブレません。頑固な一面もあるので、根本的な考え方も大きくブレることはありません。私はと言うと、感覚を大事に生きるタイプなので、行き当たりばったりな発言をして、次のタイミングでは意見が変わっていたりします。かなり対照的な二人です。これはゲームのプレースタイルにも表れています。
ゲームのプレースタイルって、本当に性格が出るんですよ。とても真面目そうな、スーツを着たサラリーマンのお兄さんが、ものすごく大胆なプレーを連発することもあれば、強面なお兄さんがとても繊細なプレーをしたり……。対戦するだけで、その人の内面を覗いているような、そんな気持ちになります。
と、まぁ少し話はずれましたが、非常に対照的な、理論派な〈ももち〉と、野性的感覚派の私が仲良く暮らしていくには「言い合い」が大切な時間なのですね。もう何万回と言い合いをしましたから、かなりお互いのことを理解しているほうだと思います。時には互いに説教をしたり、時には謝り合ったり。大人になると、説教してくれる人(間違ったことを注意して怒ってくれる人)って全然いなくなるんですよ。
怒るのって、体力や気力を使うじゃないですか。それに怒ると相手に嫌われることもありますし。なので、大人になると他人に注意する、怒るという行為をすることが極端に減ると思います。注意し合えるのは、案外夫婦だけだったりします(たまに怒ってくれる優しい人もいますが、愛情を持って怒ってくれる人は本当に少ないです)。
二人で会社を起業し、役員をやっているということもあり、立場的にもそういう機会が減りました。だからこそ、夫婦でお互いに言い合い、お互いに間違っていないか確認することが重要になっているように感じています。皆さんも、体力を使ってまで自分のことを思って注意してくれる人は、ぜひ大切にしてみてください。ちなみに私たちは、生放送終了時に険悪なムードになっていたとしても、その後でどちらかが謝って言い合いはよい方向で終了します。なので安心してください!

2017年1月にはプロゲーミングチーム「Echo Fox(エコー・フォックス)」へ夫婦揃って移籍
始まりはストリートファイター!
二人でプロゲーマーとして歩み始めて約4年半、出会ってからは約7年で私たちは結婚しました。結婚してもうすぐ2年になりますが、私は結婚してよかったなぁと思っています。結婚する前から長年同棲を続けていたので、結婚してもあまり変わらないだろうと思っていましたが、精神面で大きな違いを感じています。
結婚するまでは、お互いが相手の方向を向いていたように思います。だから相手の小さなことが気になるし、そこはこうして欲しい、ああして欲しいという欲求が出てきて、不満も増えていたように思います。ですが「結婚する」と決めてからは、お互いが同じ目標を見るようになり、二人でその目標に向かって歩き始めたので、小さなことは気にせず支え合う関係性がより強くなりました。
それは心の安定につながり、落ち着いて毎日を生きることができるようにもなりました。結婚というものは、どんなに性格や考え方が違っていても、同じ目的や方向を向いて協力し合える関係のことを言うのだと思います。家族とは、まさにこういうものなのでしょうね。
私が〈ももち〉と結婚を決めた一番の理由は、やはり彼が「私の意志を尊重して、私のやりたいことを応援し、挑戦させてくれる人」だったからだと思います。私は「彼が嫌がるから、挑戦することを諦める」ということができない人間です。これは人から聞いた話ですが、徐々に売れ始めてきたアイドルが、仕事の当日、突然「彼氏が私の仕事を嫌がるのでこの仕事を辞めます!」とドタキャンする――なんてことは稀に起こるそうです。
せっかく軌道に乗り始めて、仕事も入るようになってきたのにどうして? と思いながら周りはドタキャンの対応に追われるそうですが、彼が好き過ぎてその決断に至れるパワーはすごいです。アイドルとして有名になることが彼女の夢だったはずなのに、それほどまでに人を愛せるというのは、すごいことだなぁと思います。でも私としては、自分の理想は「お互いに夢を応援し合える関係」かなとも思います。
彼氏や彼女が、夢を叶える姿を見たくないですか? 私は〈ももち〉が世界大会で優勝する姿が見たくて、彼のかっこいい試合が見たくて、彼を応援し、共に歩んできました。これから先も、かっこいい試合をたくさん見て感動したいです。だから私は彼を応援します。応援し続けます。そして「自分たちがゲームメーカーさんとプレーヤーさんとの架け橋となり、ゲームと人をつなげてより活気のある、よりよいゲーム業界を作る」という目標を掲げて作った私たちの会社「忍ism(シノビズム)」でも、同じ方向を向きながらみんなと頑張っていきたいと思います。会社のスタッフもみんな家族だと思っているので、家族で頑張っていきたいと思いますよ!