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文化の盗用

cultural appropriation

中村隆之(早稲田大学法学学術院教授)

 ある優位な文化のメンバーが、歴史的に劣位におかれてきた別の文化のメンバーが大切にしている文化的要素を、不適切または無自覚に取り入れて用いること。
 ある文化と別の文化の関係は対等でない。むしろ文化間の関係は、優劣を作り出す力のなかに否応なく巻き込まれてきた。その力が世界中でもっとも大きく働いたのは、19世紀後半に隆盛した帝国主義、すなわち列強による植民地獲得競争の時代である。当時の支配/被支配関係は、いまもなお文化間の優劣関係を規定している。これが文化の盗用を考える際の出発点だ。
 文化の盗用が問題になるのは、比較的優位にある文化のメンバーが、こうした支配/被支配関係の歴史に思い至らず、他者の文化に対する敬意を欠いたまま、その文化的要素を利用した場合が多い。たとえば、ある地域の先住民の民族衣装と装身具を白人男女が身につけて撮ったファッション写真をSNS上にあげて、周囲から高い評価を得たとする。しかし、その文化を借用された民族と関係者は、自分たちの先祖や親族がこうむってきた迫害と差別の歴史的文脈も、その民族衣装・装身具の文化的意義も知らぬまま無邪気に着飾ることに対して侮辱だと感じ、文化の盗用問題として争う可能性は高い。
 この問題は、1980年代以降、美術の分野などの学術的場面で議論されはじめた。近年、SNSの隆盛もあって、個人の投稿が幅広い文化的背景をもつ人々に瞬時に共有されるようになるなかで、商業利用をはじめとする広範な場面で文化の盗用問題が問われている。
 文化の盗用は、そのメンバーの集団的権益に関わる事柄である。このため問題を法的に解決しようとする場合、個人の権利保護を前提とした著作権や意匠権などの知的財産法で対応するには現状では難しい。また、仮に法的に保護できたとしても、問題の根本が解消されないかぎり、同様のことは後を絶たないだろう。
 根本的に問われているのは、私たち一人ひとりの倫理的判断である。他者の文化からなにかを借用する場合、その由来となる文化に敬意を払って接することが大切だ。そのような問題意識をもてば、なぜ社会のなかでマイノリティや被支配民族が文化の盗用に憤るのかが想像できるはずだ。各事例に即して文化の盗用事例を考えることは、文化間の権力関係を意識することにつながり、自他の文化の歴史について学ぶ入り口となる。

著者情報

早稲田大学法学学術院教授

中村隆之

なかむら たかゆき

1975年、東京都生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。カリブ海を中心としたフランス語圏文学やアフリカ系文化論の研究および批評や翻訳を行う。主な著書に『カリブ-世界論 植民地主義に抗う複数の場所と歴史』(人文書院、2013年)『エドゥアール・グリッサン 〈全-世界〉のヴィジョン』(岩波書店、2016年)『野蛮の言説 差別と排除の精神史』(春陽堂書店、2020年)『魂の形式 コレット・マニー論』(カンパニー社、2021年)、『第二世界のカルトグラフィ』(共和国、2022年)、『環大西洋政治詩学 二〇世紀ブラック・カルチャーの水脈』(人文書院、2023年)など。

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