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暴力による統治は続くのか~ミャンマー危機の行方

中西嘉宏(京都大学東南アジア地域研究所准教授)

 クーデターから4カ月、弾圧で抵抗は次第に抑え込まれており、軍による実効支配が拡大している。もし10年前のミャンマーであれば、このまま軍による統治が確立していたかもしれない。しかし、インターネットが生んだオンライン社会で、抵抗勢力は生き延び、支持を拡大している。
 アウンサンスーチーら幹部を拘束されたままのNLDは、4月16日に国民統一政府(NUG)を樹立した。クーデター直後にNLD所属議員たちが結成した連邦議会代表委員会(CRPH)が母体である。NUGは、民族や宗教の垣根を越えた真の連邦政府を目指すと宣言し、国家顧問であるアウンサンスーチーと大統領であるウィンミンはそのままで、副大統領にミャンマー北部に多い少数民族であるカチン人で社会活動家であったドゥワラシラー、首相には同じく少数民族であるカレン人で前上院議長であるマンウィンカインタンが就任した。主にNLDのメンバーと少数民族指導者からなる組閣である。さらに、軍事組織である人民防衛軍(PDF)も結成された。都市部での抵抗勢力と山岳地帯で軍との闘争を続けてきた少数民族武装勢力を結集し、新しい軍事機構を目指すものである。アウンサンスーチー派が最高指導者なしで対抗政権としてのかたちを整えているのである。
 だが、こうした動きが主にオンラインでのものであるため、NUGによる声明や通告がすぐに実現することはない。大臣が任命されたといっても、組織的な後ろ盾は乏しい。NUGの幹部たちは国家反逆罪で軍によって指名手配されているため、その居場所すらわからない。軍事機構についても、都市の一部で呼応する動きはあるが、基本的に机上のことだ。
 しかしそれでも、NUGへの支持は国内外で広がっている。何よりも、軍によるクーデターが正統性を欠き、その後の弾圧が不当に見えたことが最大の理由だろう。加えて、新型コロナウイルス禍で世界標準となったオンライン会議がNUGを助けたといえる。NUG幹部となったNLD所属のササジンマーアウン、また、アウンサンスーチー政権下で国連代表部大使となり、クーデター後に国連総会で涙ながらに軍を批判したチョーモートゥンらが、欧米を中心に各国に対して軍の不承認、NUGの承認を訴えている。5月26日には、日本の国会議員が超党派でつくる「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」がNUGとオンライン会合を開催し、両組織の連携・協力にむけた共同声明を発表している。

 加えて、デモと並行して広がった市民的不服従運動(CDM)の影響が残る。CDMの動きは政府職員内に広く浸透し、教育省や保健省といった省庁では1割から2割の職員がCDM参加を理由に停職や解雇といった処分を受けている。なかには訴追された人たちもいる。実効支配が拡大しているといっても、クーデター前のミャンマー政府と比べれば、現在の軍の統治能力は確実に落ちているので、国力や情勢がクーデター前と同じ水準に戻るということは意味しない。
 クーデターから4カ月たって今起きていることをひとことで言えば、実効支配と正統性との乖離である。ミャンマー国内では軍による実効的な支配の範囲が広がっている。その一方で、正統性(誰が統治するのが正しいのか)という点ではNUGが国内外で優位にある。両者の溝は相当に深く、お互いがお互いをテロリスト団体に指定している。2011年の民政移管後に両勢力が和解する土台となった2008年憲法についても、NUGは廃止すると明言している。1990年代と2000年代の軍事政権時代でも、ここまで国内勢力との間、もっといえば、軍と市民との間が対立することはなかった。

今後を占う3つのシナリオ

 ミャンマーはどこに向かうのだろうか。ここでは3つの現実的なシナリオを示しておきたい。なお、軍の分裂、NUGによる革命、全土での内戦、という3つの可能性はここでは排除する。現実的ではないからである。

 まず1つ目のシナリオは、軍がクーデター時のプラン通りに政権移譲を押し進めるというものである。非常事態宣言を1年あるいは憲法上の上限である2年間続ける。その間、アウンサンスーチーらNLD幹部に刑事罰が下され、NLDも選挙不正を理由に解党措置となる。そして、自由でも公正でもない再選挙が行われ、軍に近い政党である連邦団結発展党(USDP)が勝利して、軍寄りの政権ができるという筋書きである。

 第2のシナリオは、軍による統治の持続である。これは今後、経済危機の発生やNUGと市民の抵抗運動の活発化、国境地帯での紛争激化などで、治安が安定せず、また、政府の機能も回復しないパターンである。こうなると、軍の想定は狂い、彼らの考える「民政移管」のための選挙を実施することは困難になる。市民への妥協を望まない軍は、長期化する危機に対して、非常事態宣言の解除ができず、その直接統治を継続するしかなくなる。そうなれば、1988年から2011年まで続いたかつての軍事政権(SLORC、SPDC)に近い体制になるだろう。憲法も実質的に機能停止状態で、議会もないまま、監視と強権で表面的な安定を維持する体制ができる。

 第3のシナリオは、妥協の再選挙である。このまま国内外から承認を得られない状態で軍が統治を続け、経済は停滞、新型コロナ対策も進まず、市民の抵抗も収まりきらない場合、軍が打開策を探る可能性もゼロではない。しかし、その場合でもクーデターの失敗を認めることは軍の面子が許さない。したがって、刑事罰をいったん下した上でアウンサンスーチーらを恩赦で釈放し、NLDも参加する自由で公正な選挙を実施。その結果を軍が受け入れるというケースである。むろん、NUGもこの軍の歩み寄りを受け入れなければ妥協は成立しないため、クーデター後の軍による弾圧については、水に流さなければならない。

 先行きを見通すことはまだまだ難しいが、軍が暴力的な抑え込みに自信を深め、国際社会による制裁も働きかけも効果がない現在、第1のシナリオ、つまり軍が強引に当初のプラン通り押し進めようとする可能性が高い。それが失敗すると第2のシナリオである軍事政権による直接統治の持続となるだろう。そして、第3のシナリオは、軍もNUGも妥協する気配はない現状では、ほとんど夢物語である。
 弾圧による犠牲者が今も増えているが、市民の抵抗は続いている。また銀行からの現金引き出しに制限が設けられるなど経済的混乱も続いており、これからさらに悪化することは間違いない。現地通貨であるチャット安が進んでいて、輸入に頼っている燃料価格に跳ね返ってインフレが起こることが懸念されている。貿易赤字の拡大は政府の外貨不足につながる。一方で楽観視する要素はほとんどない。クーデターという政治危機からはじまった混乱が経済危機を引き起こせば、さらなる政情不安につながる可能性もある。予断を許さない状況がしばらく続きそうだ。

著者情報

京都大学東南アジア地域研究所准教授

中西嘉宏

なかにし よしひろ

1977年、兵庫県生まれ。2001年、東北大学法学部卒業。2007年、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科にて博士(地域研究)取得。日本貿易振興機構・アジア経済研究所研究員などを経て2013年より京都大学東南アジア研究所准教授を務める(17年、同大東南アジア地域研究研究所に改称)。著書『軍政ビルマの権力構造 ネー・ウィン体制下の国家と軍隊 1962-1988』(京都大学出版会、2009年)で、第26回大平正芳記念賞受賞。ほか、共著に『ミャンマー2015年総選挙 アウンサンスーチー政権はいかに誕生したのか』(アジア経済研究所、2016年)、著書に『ロヒンギャ危機ー「民族浄化」の真相』(中公新書、2021年)などがある。

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