電子コミックと出版界の未来(前編)
中野晴行(ノンフィクション・ライター、編集者)
有料部分があるとはいえ、大量のマンガを無料で配信してもうかるのか? と不思議に感じる人もいるだろう。
コスト面から見ると、印刷や流通など、紙媒体では外せないコストが掛からないことに加えて、原稿料が安いことが大きい。特に非出版社系アプリのコンテンツの多くは、新人マンガ家からの投稿に支えられており、投稿作品をそのままアップする場合は原則として原稿料はゼロ。その後、内部審査や読者投票などでステップアップしていくと原稿料が出るようになるが、基本原稿料は週刊誌連載の3分の1程度とされる。これにDL数などに応じたインセンティブが加わるが、インセンティブなしというところもある。
出版社系の場合は、旧作を二次使用できるという利点もある。二次使用なら新たな原稿料が発生しないから、作者への支払いはインセンティブだけになる。
編集者などの人件費も、電子コミックでは大幅に安くなっている。専任の編集者を置かず、外部のプロダクションに任せきりのところも少なくない。中には投稿作品をそのままアップロードするのだから編集者はいらない、というところもある。
一方の収入を得る方法は、大体4つに分けられる。
(1)は、連載なら最新話とさかのぼって10話くらい、単行本では初めの数巻は無料だが、それ以上のバックナンバーが有料になるフリー・トゥ・ペイのモデル。期間限定とすることも多い。
(2)は、トップページやマンガの前後などに広告を貼り付けて、広告へのアクセスに応じた広告料で稼ぐモデル。アフィリエイトと呼ばれる手法だが、仕組みとしては民放のテレビ局が無料で番組を放送できるのと同じ理屈だ。
(3)は、著作権の利用や商品化の許諾等で収益を上げる知的財産モデル。ボーンデジタルで制作・配信した作品を紙の単行本にしたり、アニメ化や映画化、キャラクターグッズ化などで収益を上げるという仕組みだ。
(4)が会員制モデル。無料会員と有料会員を設けて、無料会員は1日に読める作品数や時間などに制限がある。月に500円くらいの会費で有料会員になると、制限が解除される。つまり、音楽や動画の定額配信と同じモデルだ。
ほとんどのコミックアプリは、これらを組み合わせて運営されている。
「マンガボックス」は(1)と(2)と(3)の組み合わせ。配信作品は最新話を含む過去10話程度までが無料で、それ以上が有料になる。また、広告にも積極的で、親会社のDeNAは15年2月にサイバーエージェントと合弁で立ち上げたスマホ向け広告ネットワーク事業を手掛けるAMoAd(アモアド)を通じて、広告配信に力を入れている。(3)については、元大手出版社編集者で「金田一少年の事件簿」(天樹征丸名義)や「神の雫」(亜樹直名義)などの原作者でもある樹林伸(きばやししん)を編集長として招聘(しょうへい)。そのつながりから、講談社や小学館からの単行本化に力を入れてきた。
「comico」は知財収入が収益の柱で、作品の単行本化や映像化で稼ぎ出している。単行本第7巻までの累計が150万部を突破して話題になり、テレビアニメ化、舞台化、実写映画化もされた夜宵草の『ReLIFE』などのヒット作が生まれ、17年10月までに8作品がアニメ化されている。
「pixivコミック」は(2)と(3)と(4)の組み合わせだ。
ただ、それぞれの収益モデルで電子コミック配信事業が単体で黒字化できるかと言えば、現在のところかなり難しいのではないか、と考えられる。
例えば(2)の広告モデル。インプレス総合研究所によれば2016年度のコミックアプリ広告の市場規模は78億円。「減った減った」と言われている雑誌広告全体の市場規模が2223億円だから、その市場の小ささが分かるだろう。元々マンガ誌は広告収入にあまり寄与しておらず、広告で黒字化するにはもう一工夫が必要だろう。
(3)の知財収入モデルについても、旧来の紙の出版社に比べて規模があまりにも小さい。そもそもメディアミックス戦略はマンガの王道だが、取材した限りでは多くのコンテンツを持つ大手出版社でも、電子での黒字化はまだ遠いという感触だ。
オリジナル作品の全話無料が売りだった「comico」は、16年11月にサイトをリニューアルし、「無料で読み放題」に一定の制限を設ける変更を行った。1つは「レンタル券」の導入。「作品レンタル券」と「どれでもレンタル券」の2種類があり、いずれも無料だが有効期限があるので、「まとめ読み」や「読み返し」などがしにくくなった。二つ目は「応援ポイント」。こちらは基本的に有料で、作品の購入や、公開されている最新話より先の話が読める「先読み」、作家を応援して単行本化やアニメ化などへつなげる「応援システム」などに使われる。ネット上では「事実上の有料化ではないか」というユーザー側からの不満の声が聞かれた。
いずれにしても、そろそろ「無料読み放題」の看板で読者を誘う手法が、曲がり角に来ていることは間違いないだろう。
著者情報
ノンフィクション・ライター、編集者
中野晴行
なかの はるゆき
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒。7年間の銀行員生活を経て編集プロダクションを設立。主著に『マンガ産業論』(2004年、筑摩書房)、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(07年、筑摩書房)、『マンガ進化論』(09年、ブルース・インターアクションズ)、『「はとバス」六〇年 昭和、平成の東京を走る』(10年、祥伝社)、『まんがのソムリエ』(14年、小学館クリエイティブ)、『やなせたかし 愛と勇気を子どもたちに』(16年、あかね書房)など。他にも監修で『漫画家たちが描いた日本の歴史(全6巻)』(14年、金の星社)がある。『マンガ産業論』で05年日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞、『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で08年度日本漫画家協会賞特別賞受賞。京都精華大学マンガ学部客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授。また、12~17年には手塚治虫文化賞選考委員。