冤罪ものドキュメンタリーを制作する「覚悟」とは~ 映画『マミー』評
里見繁(関西大学名誉教授)
『マミー』でも使われた「ノーナレ」は、冤罪を語る手法としては不適切だと筆者は考える。伝えるべき言葉があるのに、それが聴衆に届かないのだ。「字幕スーパー」だけでは荷が重すぎる。また、和歌山毒物カレー事件の確定審から再審請求までの流れを全く知らない人にとっても、それらの情報は必要だったのではないか。映画には「映像」と「音声」の二つの武器がある。この事件が「冤罪である」と観る人に訴えるなら、「音声」という武器をもっと駆使すべきだった。
たとえば毒物鑑定の場面だ。検察側の主張の代弁者として、唯一人、毒物の鑑定をした東京理科大学の教授がインタビューに応じていた。カレーに入れられた亜ヒ酸と林家周辺から見つかった亜ヒ酸が同じものかどうか(事件の核心部分)について、組成的特徴の「パターン」が同じで「同一の起源をもつ」とまでは言えるが「同一物」とは断言できない、と語った。検査結果を過度に評価しない姿勢は、作り手の追及にもかかわらず、抑制的に見えた。
この時、判決の詳細を知らない筆者には一瞬だが、「同一物」とは断言できないはずの鑑定結果を「同一物」であるかのように主張したのは検察官であり、それを鵜呑みにして有罪に突き進んだのが裁判官だった――というこの裁判の構造が、つまり「冤罪の芽」が見えたような気がした。しかし、説明(ナレーション)がないので作り手の意図は想像するしかない。
この想像に乗って話を続ければ、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従うなら、 「無罪」となるべき事件だった、ということも分かってくる。あれやこれや、作り手はもっともっと語るべきではなかったか。

林眞須美さんが収監されている大阪拘置所
「無罪」か「無実」か?
そんな中で特に聞きたかったのは、作り手の「声明」「陳述」というべき言葉である。監督は『マミー』という映画で、我々をどこに連れて行こうとしているのか、それが見えなかった。冤罪だと思い、だからこの映画を作りたかったのならば、どこで冤罪を確信したのか。記録を読んで、弁護人の話を聞いて、何となく、ではないはずだ。「眞須美さんはやっていない」という実感をどこで得たのか。それは、一人の証言か、一つの証拠か。あるいは、もっと別の何かか。それをきちんと語っていない。
観ている人に冤罪だと訴えていくには、やはり夫と長男の言葉を借りながらではなく、作り手の言葉で語るべきではなかったか。極論すれば、裁判官が死刑判決を書いたように、作り手の書いた「無罪判決」を聞きたかった。
私事だが、テレビ局にいた時代、10本以上の冤罪番組を制作してきた。和歌山毒物カレー事件については、再審の弁護団が動き出した時期が退職の頃と重なり、調べたことはあるが番組化には至らなかった。調べる中でアナザーストーリー(冤罪であるなら、真犯人がいるはずだ)にたどり着かなかったことも、その一因である。
冤罪ものドキュメンタリーの作り手は、事件への向き合い方が弁護人とは全く異なる。弁護人は、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従えば、この裁判は「無罪」になるはずである、と考えている。しかし、裁判官は間違えた。だから再審請求をして、その間違いを正す。極めて当たり前のことである。
一方、筆者はこれまで、「疑わしきは被告人の利益に」を番組内で語ったことはない。テレビを観る人にとって大事なことは「やったのか、やっていないのか」だ。
だからこそ、筆者は必ず、「無実」を確信した時から番組作りに入るようにしてきた。たとえば、静岡一家四人強盗殺人事件(*編集部註:日本弁護士連合会HP「袴田事件」を参照のこと)の犯人とされて長く死刑囚の立場に置かれてきた袴田巖(はかまた・いわお)さんが、獄中から姉の秀子さんに宛てた手紙を読んだことがある。外に向かって開かれた唯一の窓から懸命に無実を訴えている、そういう印象だった。筆者は、その膨大な量の手紙を読み終えた時に、「袴田さんの無実」を確信した。それが、「死刑囚の手紙」というドキュメンタリー番組制作の始まりであった。
「無罪」と「無実」の間にはいつも少しずれがある。弁護人は「無罪」を取るために闘う。ドキュメンタリーの制作者は、「無実」の確信を観ている人に抱かせたい。では、『マミー』の作り手は、どこに立っていたのか。無実の確信を持っていたのか。それとも、無罪となるべき事件だと考えていたのか、それが見えなかった。
無実を信じるからこそ
冤罪ものドキュメンタリー制作者の立ち位置について、別の角度からも述べたい。
本稿で、筆者は「林眞須美死刑囚」のことを「眞須美さん」と記述している。そのことに違和感を抱いた方もいるのではないか。
かつてこの国では、逮捕された直後から、その人はテレビでも新聞でも呼び捨てにされた。最近は少し変わり、逮捕後は「○○容疑者」、起訴されると「被告」、有罪判決が出ると、以後は「受刑者」か「死刑囚」になる。これらの呼称は、この国の刑事司法の流れに準拠している。それほどに、日本の司法制度は信頼が厚いということになる。知らず知らずのうちに、マスメディアも、そして世の中も捜査機関と裁判所の判断を「正義」の判断基準としている。
99%を超える有罪率が、何よりその裏付けになっている。つまり、この国には「冤罪」などというものは存在しない、検察庁も最高裁もそう言いたいのである。逮捕から起訴、裁判、判決に至るこの国の精緻な刑事司法の仕組みの中では、冤罪は、流れの良いピカピカのパイプについた「キズ」であり、あり得ない「漏れ」と言ってもいい。だが、本当にそうだろうか。人が人を裁く限り、冤罪は必ず起きる。痴漢冤罪から殺人事件まで、取材をしていると、その多さに驚かされる。
今、刑事裁判に関わる弁護士たちを中心に「再審法改正」を目指す運動が起きている。冤罪に見舞われた人が雪冤(せつえん。冤罪疑惑を晴らすこと)を果たすには、「再審」を請求し、(たとえ信用していなくも)裁判所に無罪判決を出させる以外に方法はないのである。しかし、そのための再審法(刑事訴訟法第四編)が十分に機能していない。検察は、無罪方向の証拠を隠し続け、裁判所は、請求人の死を待つかのように、だらだらと審理を先延ばしにする。それを防ぐ規則すらないのである。
再審請求とは、裁判所の判断は間違っている、という弁護人と請求人の主張=叫びである。筆者は、冤罪や再審請求を伝えるドキュメンタリーでは、請求人を「○○さん」と呼ぶことにしている。それは、裁判所の判断よりも、請求人の主張を信じます、という告白を含んでいる。
取材対象との信頼関係をどのように築くか
ところで、冤罪の取材では、取材対象者との関係も大きな要素である。検察官、裁判官は当然ながら、一切答えてくれない。弁護側はというと、かつては一切マスメディアとは付き合わない、という弁護団もあった(判決文さえコピーを取らせないという弁護団があった)。しかし今では、冤罪を動かすには世論を味方に付けなければだめだと考えて、情報を提供してくれる弁護人が徐々に増えてきた。
そして、もっとも重要なのが当事者(被告人、受刑者、再審請求人)やその家族との関係だ。これはその人の置かれている状況によって千差万別である。再審請求人・袴田巖さんの姉の秀子さんのように、すべての取材者に胸襟を開いて対応するという人はむしろ例外で、「自分の人生は弟のためにある」と言い切るその姿に、筆者を含め、多くの取材者が惚れてしまったのである。
しかし一方で、自らは雪冤のためなら顔も姿も晒したいと思っても、地域にとけ込んで暮らす家族のために、取材には仮名で対応せざるを得ないという請求人やその関係者もいる。『マミー』でも、眞須美さんの長男は仮名で、顔にはぼかしが入っていた。公式発表によると、公開直前に本人からの相談を受けて対応したようだ。かつては、取材を受ける側が取材者を信じ切って、露出の方法はすべて任せる、というのどかな時代もあったが、SNSの登場が状況を一変させた。ぼかしも仮名もやりたくないがやらざるを得ない。作り手には苦渋の選択だが、今後、これらの手法は、ドキュメンタリーにとってますます切り離せない表現手段(むしろ隠ぺい手段というべきか)になっていくに違いない。
権力に弱点を晒してはいけない
著者情報
関西大学名誉教授
里見繁
さとみ・しげる
1951年生まれ。テレビ報道記者を経て、ドキュメンタリー番組の制作ディレクターとなる。1994年に放送された「癌を生きる~医師布施徳馬の日記から~」で95年の日本民間放送連盟賞テレビ教養部門最優秀賞を受賞したほか、2001年放送の「出所した男」で2002年の文化庁芸術祭テレビドキュメンタリー部門優秀賞などを受賞。ほかにも多数のドキュメンタリー番組を手がけた。2010年から関西大学社会学部教授、2019年から同大学名誉教授。著書に『死刑冤罪 戦後6事件をたどる』(インパクト出版会、2015年)、『冤罪 女たちのたたかい』(同、2019年)などがある。