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冤罪ものドキュメンタリーを制作する「覚悟」とは~ 映画『マミー』評

里見繁(関西大学名誉教授)

『マミー』に関してもうひとつ、どうしても言わなければならない点がある。
 映画の最終部分で、監督が和歌山東署に呼ばれ、黙秘権の告知をされるシーンがある(署の建物の映像に、隠し録りした警察官の声が流れる)。取材対象者の車に無断で GPSを仕込もうとして住居侵入の罪に問われたのである。違法行為を監督がした。署から出てきた監督の顔のストップモーションにその情報が重なる。つまり、制作者自身の犯行告白である。
 監督は何を狙って、誰にGPSを仕掛けたのか。その動機を語っていない。自ら犯行を告白しながら、何を狙ったのかは言わない。
 この演出にどんな意味があるのだろう。いい「ネタ」を取るためには何だってするという作り手の覚悟を誇示したかったのか。あるいは、映画の公開後にこの事実が発覚した時に備え、あらかじめ自分の口から言ってしまおうと考えたのか。それとも単に過激な取材と演出が評判を呼ぶと考えたのか。
 筆者には「悪戯っ子の露悪」としか見えなかった。そんなに目くじらを立てるな、面白ければいいだろ、と言う人のほうが多いのかもしれない。でも、言うべきことは言っておく。

 ジャーナリズムの使命は「権力の監視」である。冤罪を伝えることの意味も、まさにそこにある。巨大な権力である、警察、検察、裁判所の間違いや嘘を暴くから、どんな暗い取材でも、わくわくしてやめられないのである。この映画でも、取材中の監督やカメラマンが嬉々として走り回っている様子が映像から想像できた。だからこそ、権力の側から手を突っ込まれるような弱点を抱えてはならない。それが取材者としての最低限の仁義だと思う。
 今流行の「取材もコンプライアンスを守れ」ということではない。ドキュメンタリーのカメラは時として人倫を踏み越えなければならないこともある。ただ、「権力に隙を見せるな」と言いたい。
 かつて日米の密約を暴いた凄腕の記者がいた。記者は外務省の女性事務官から情報を得た。政権は姑息にもその取材手法を男女のスキャンダルにすり替えて、特ダネも記者生命も女性の人生をも潰してしまった。採れる果実がいかに巨大でも、取材に瑕疵(かし)があったら負けなのだ。

「終わりのない取材」に身を投じる覚悟

 筆者が袴田巖さんの手紙を見せてもらったのは、1998年の春だったと記憶している。
 その時ですら、事件発生から30年以上が経っていた。番組の最後には雪冤への期待を込めたナレーションも書いた。しかし、そこから無罪判決までさらに26年の年月が流れ去った。
 今年(2024年)9月、裁判所は、犯行着衣とされた「5点の衣類」は捜査機関の捏造であると断じて、袴田さんに無罪を言い渡した。画期的な判決だと言う人もいた。しかし、筆者にはそうは思えなかった。そんなことは分かっていた。50年以上も前、検察が法廷に衣類を提出して間もなく、袴田さんは、その捏造を見破っていた。秀子さんに宛てた手紙の中で「前代未聞の権力犯罪」だと書いている。当時の裁判官に袴田さんの眼力があれば、こんな冤罪は生まれなかったのだ。
 検察は、有罪判決を得るためなら、捏造でもなんでもする。その一事実を証明するために弁護団は半世紀以上を費やした。しかし、とにかく雪冤は果たされた。ふり向けば、未だ無罪判決にたどり着けない多くの冤罪事件が列をなしているのが見えるはずだ。

 ドキュメンタリーで冤罪を伝えたいとき、多種多様な問題点のどの部分を掬いとるのかは、制作者の視点によるだろう。「人質司法」、「証拠開示」、「再審法改正」。そして雪冤後の人権問題もある。しかし、どこから攻めても、壁は限りなく高い。始めてしまったら、延々と終わりの見えない取材になることを覚悟しなければならない。僭越を承知で言えば、映画『マミー』の作り手も今、その入り口に立ったということである。

 

*著者が袴田巖さんの冤罪事件を取材したドキュメンタリー番組「死刑囚の手紙」(1998年、毎日放送)は、YouTubeチャンネル「MBS NEWS」(外部サイトに接続します)で公開されています(編集部)

著者情報

関西大学名誉教授

里見繁

さとみ・しげる

1951年生まれ。テレビ報道記者を経て、ドキュメンタリー番組の制作ディレクターとなる。1994年に放送された「癌を生きる~医師布施徳馬の日記から~」で95年の日本民間放送連盟賞テレビ教養部門最優秀賞を受賞したほか、2001年放送の「出所した男」で2002年の文化庁芸術祭テレビドキュメンタリー部門優秀賞などを受賞。ほかにも多数のドキュメンタリー番組を手がけた。2010年から関西大学社会学部教授、2019年から同大学名誉教授。著書に『死刑冤罪 戦後6事件をたどる』(インパクト出版会、2015年)、『冤罪 女たちのたたかい』(同、2019年)などがある。

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