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連載

第33回 イ・オクソン「隣国とつながる」

私たちには名前がある

イ・オクソン

(構成・文/朴順梨)

 1997年時点では、日本の中学校の歴史教科書では7社あるうちの全てが、慰安婦被害者について触れていた。しかし2012年以降の歴史教科書からは、慰安婦問題についての記述があるのは1社のみとなっている。日本ではそもそも、この問題について学ぶこと自体が難しい。だが韓国の若者も常に歴史に関心を持っているかと言ったら、おそらく違うだろう。だから少女像に唾をかける者も現れるが、一方でこうして当事者の話を聞き、無知と向き合う者もいる。
 知ることと考えることへのアクセスポイントが、社会の中にいくつも存在している。それが、韓国社会が民主化から約30年という短期間でドラスティックに変化した理由の一つなのではないか。もちろん韓国社会の全てが素晴らしいわけでは決してないし、清算しきれていない積弊や新たな問題が山積みなのは、私ですらよくわかる。それでも知ろうとすれば、機会を得ることができる社会であることは認めたい。

 生活館を後にした私は、17年にオープンした第二歴史館に向かった。館内には慰安婦被害者だったことを名乗った女性たちのポートレートや生前使っていたものが飾られ、一人ひとりのプロフィールが記されていた。箸やスプーンなどの生活用品から、楽器や絵の具などそれぞれの個性がわかるものが置かれている。
 映画『まわり道』の中にも、ナヌムの家で撮影されたシーンがいくつも登場する。20年にわたる記録の中で歌ったり踊ったりする彼女たちは、全員違う姿かたちを持っている。
「私たちが恥ずかしいことなんて一つも無い」
 映画の中にそんなセリフがあった。そしてさらに彼女たちは言う。
「私たちには一人ひとりに名前がある」と。

 再び生活館を訪れると、オクソンさんは違う学生たちに向けて話をしていた。かつて「トミコ」と呼ばれ、名前を奪われた彼女は、イ・オクソンに戻り、被害を語ることで自分の人生を取り戻すことができた。学生たちに話しかける表情からは、そんな思いが伝わってきた。
 冒頭の『BIG ISSUE』のページをめくると、ポートレートとともに、彼女の字で「私の名前はイ・オクソンです」と書かれていた。教科書から「慰安婦」の文字が消え胡乱(うろん)な言説ばかりが飛び交っている今だからこそ、慰安婦被害者は「被害者」という記号ではなく、かけがえのないたった一人の人間であると心に刻む。「被害者の方と話がしたい」とかつて言っていた私自身も、そこから始めたいと思う。

著者情報

イ・オクソン

い おくそん

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