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連載

骨太な剣士 〜ミヤマクワガタ

第110回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 アトリエの雑木林に染み渡っていたニイニイゼミの繊細な歌が、アブラゼミのガラガラ声に変わってきました。窓から入ってくる風も湿気があって重々しく、初夏のものとは明らかに違います。

真夏のアトリエからの眺め。(撮影:今森元希)

「光の田園」のある仰木おおぎ界隈では、ミヤマクワガタによく出会います。ミヤマクワガタは、ノコギリクワガタと並んで大柄なので、子どもたちの人気者。でも両者の性格は正反対です。オス同士で格闘させると、ノコギリクワガタは、相手を大顎で素早く挟むのですが、すぐに離してしまいます。一方、ミヤマクワガタの方は、アクションはゆったりしているのですが、一度挟むとなかなか力を緩めてくれません。子どもの頃は、骨太な剣士であるミヤマクワガタにある種の憧れをもっていたように思います。

クヌギの木にとまるミヤマクワガタ。(撮影:今森元希)

 ミヤマクワガタは北海道から九州まで分布していますが、他にも彼らに近い仲間がいます。伊豆諸島の御蔵島に生息するミクラミヤマクワガタや、奄美大島に見られるアマミミヤマクワガタがそれです。生息しているのはいずれもドングリがなるブナ科の樹木が生えているところです。クワガタムシ全般に言えることですが、樹林と言っても鬱蒼うっそうと茂る場所ではなく、林床に程よく光が差し込むような明るい森を好みます。日本の場合は、人が管理してきた雑木林が彼らにとってかけがえのないオアシスになっているのです。

ミヤマクワガタの幼虫が潜むクヌギの古木。(撮影:今森元希)

 世界に目を向けると、台湾にはタカサゴミヤマクワガタという、日本のミヤマクワガタにすごく近いものがいますが、もっとも有名なのは、ヨーロッパミヤマクワガタでしょう。私はヨーロッパミヤマクワガタに南フランスで2度出会っています。どちらも昆虫学者のファーブルが愛したヴァントゥー山です。オークの木々が連なる乾いた森で、早朝に樹液の出ている幹にとまっているところを発見しました。
 ヨーロッパミヤマクワガタは、場所によって姿がかなり違います。もっとも凛々しいのは、トルコからシリアにかけて分布するユダイクスヨーロッパミヤマクワガタです。大柄で、ギネス級のオスの体長はなんと100ミリ前後もあります。特に頭部と大顎の発達は著しく、追随を許しません。
 ただ、こんなに勇壮なクワガタムシなのに、環境の変化にはとても弱いのです。日本の場合は、雑木林の減少や放置が問題になっていますが、世界的に見ても広葉樹から針葉樹に変わって絶滅した場所もあるようです。デンマークでは、1970年以降、一時的に姿を消しましたが、クワガタムシの生息環境として好ましいシェラン島の自然豊かな公園に再導入され、現在、無事に世代を繰り返しているようです。
 私のイベントでは切り絵Tシャツを販売していて毎年大人気なのですが、今年の絵柄はユダイクスヨーロッパミヤマクワガタとオークツリーです。毎年違う絵柄で、もう20年以上続いています。このTシャツには、ミヤマクワガタの棲む森がいつまでも残りますように、という願いが込められています。

ユダイクスヨーロッパミヤマクワガタの切り絵をデザインした2026年のTシャツ。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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