AV出演被害者の相談支援活動を行っているNPO法人「ぱっぷす」副理事長の中里見博(なかさとみ・ひろし)さんは、この法案について「AV被害の根源は、性交を含む実際の性行為が“撮影”で行なわれることから生じており、この法案は“カメラを回すこと”で実際に性交を伴う契約を“合法”と認めるものだ。これまでAV出演は、裁判所により公衆道徳上有害な業務であると認定されていることと相容れない」と指摘する。1994年の東京地方裁判所判決では、「(AVに出演する女性は)あてがわれた男優を相手に、被写体として性交あるいは口淫等の性戯の場面を露骨に演じ、その場面が撮影されるのを業務内容とする」「(AV出演は)社会共同生活において守られるべき性道徳を著しく害するもの」とされている。
中里見さんは「この法案が通れば、金銭でセックスを買うことを積極的に合法化する日本で最初の法律になる」と危惧している。
私が指摘した「AV新法の問題点」と要望
2022年5月9日、性暴力被害者を支援する民間支援6団体は「この骨子案のままでは到底、受け入れられない」との要望書を提出した。私は法案の詳細以前に、そこに書かれた「目的」や「定義」からすでに問題だらけであると感じ、以下のことを強く主張した。
まず、法案に「目的」として書かれた「出演する者の自由な意思決定を確保」するという文言は、AV出演被害を矮小化し、被害者が声をあげることを妨げるものであるため削除する。AVの撮影に関する加害行為は、性暴力と同じように「断われない」「抵抗できない」状況や関係性を利用して行われ、対等ではない関係性がAV業者と女性たちの間にあるからだ。
性暴力被害者は、被害体験を再演しようとする「トラウマ反応」によって、AVに出演被害に遭うことも少なくない。AV業者はそれも熟知したうえで利用し、女性たちに自らの意思で出演を選択したかのように思い込ませ、誘導するようなことを日々行っている。「脅し」「暴行」「強要」を用いずとも、相手を出演させることは可能なのだ。
このまま新法が成立すると、AV出演は「本人の意思に基づくもの」とAV業者側が主張できることとなってしまう。そもそも、この法案ではAV業者と被写体になる女性が対等であることが前提になっているが、その道に長けているAV業者と、右も左もわからない十代の女性が対等な関係にあるわけがない。そのため「(出演する者の)自由な意思決定を確保」という文言を、「被写体となる者の尊厳または人権を確保」と修正することも必要だ(これについては、ヒアリング後に「個人の人格を尊重」へと修正された。「人権」ではなく「人格」としたため、人権保障の視点ではなく個人に自己責任を押し付けるようにも読める)。
さらに法案の中で「AVの定義」に書かれた「契約」の対象となる行為に「性交」が含まれることで、「撮影」の名目なら「本番行為」の金銭取引が可能となり、売春防止法で禁止されているはずの行為も合法となってしまう。金銭を介した「性交」が法律で認められると、AV出演以外の性売買被害者の人権侵害をも助長することに繋がる。
また、最近のAVで多く見られる、排泄物や吐しゃ物を食べさせる、水中に沈めて息をさせない、ろうそくや花火等で火傷させる、殴る蹴る、首を絞めるなどの虐待・暴力行為さえも容認されている。そうした「撮影名目による暴力行為」の合法化も問題だ。
多くのAVでは女性が屈辱や性的対象物、商品、見せ物として非人間的に描かれており、苦痛を楽しんでいるかのように見せたり、強姦やその他の性暴力そのものを見せたりすることも少なくない。つまり昨今のAVは、女性を性的に支配するストーリーを楽しむ加害映像と言うことができ、その背景には女性蔑視や女性差別がある。法案の「全体として専ら性欲を興奮させ又は刺激するもの」という「AVの定義」が、ユーザーやAV業者側に立った言葉であることも問題だ。
そこで、私たちは要望書で以下のことを求めた。(1)性交および暴行陵虐行為を目的とする契約は禁止すべきであり、その前提で定義を変更すること。(2)法律名の「性行為映像作品」を「性行為画像記録」とすること。(3)「性行為画像記録」の定義を、「人が性交若しくは性交類似行為を演じる姿態又は性器等を触り、若しくは触らせる行為、および暴行凌辱・残虐行為等を演じる姿態が撮影された映像を含む記録であって、主に女性を性的に支配し、性的対象物として暴力的に扱うものをいう」とすること。(4)性器を露出した画像記録は許されないので、削除すること。
こうした民間支援団体からの要望を受けて連日法案が修正されていったが、この文章を書いている現在に至るまで「性交を合法化する」という根幹の部分は修正されていない。
被害者の人権保障の観点から
AV出演被害者の人権・生活保障、尊厳の回復と、被害に遭わずに生活できるよう未然の支援策も重要だ。
そもそも妊娠や性感染症のリスクがある行為が、法的に「仕事」や「契約によって有効なもの」として認められること自体が問題だが、現状ではAV出演や性売買に関わる女性たちが妊娠したり性感染症になったりしてもAV業者や相手の男性は責任を負わず、女性自身が治療費や治療の間の生活費を工面しなければならない状況がある。そのため妊娠や性感染症について、また現実に生じている精神疾患などの影響についてもAV撮影の被写体となる女性の自己責任ではないこと、AV業者や相手の男性にも責任を負う義務があることを明確にすることも必要だと思う。
法の目的には、被写体となる女性の「性と生殖の健康と権利の保護」を入れ、男女間の「性交」は「生殖行為」であるため、AV業者の義務として被写体となる女性の「性と生殖の健康と権利の保護」もしくは、せめて「身体的・精神的・性的安全と健康の確保」を入れるべきである。被写体となる者の「生命・身体に重大な危険を及ぼす行為」「心身の安全・健康に影響を及ぼす行為」の禁止規定も必要だ。そうして「罰則がなければ、この新法が実効性のないものとなることは確実」とも訴えた。
コロナ禍で、障害や性暴力被害だけでなく、貧困などからAV出演被害に追い込まれる女性もこれまで以上に増えている。他に選択肢がない、またはそう思い込まされる社会の状況の中で、私たちはAV出演や性売買を選択させられている女性と、毎日のように出会っている。こうした状況の背景には、女性が生きづらい男女不平等社会があり、この法案はそうした根本的な問題に蓋をするものだ。
要望書提出後の5月13日に示された法案には「性行為映像制作物の制作公表により出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害が生ずるおそれがあり、また、現に生じている」とあった。この法案の起案者も、出演者たちに重大な被害が生じることを認識しているのだ。
そのため、「出演に係る被害の発生及び拡大の防止を図り、並びにその被害を受けた出演者の救済に資するために徹底した対策を講ずること」を目的として、「出演契約の締結及び履行等に当たっての(中略)義務、出演契約の効力の制限及び解除並びに差止請求権の創設等の厳格な規制を定める」とされた。「生殖機能の保護」という言葉もさらに付け加えられた。