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社会問題

パリ協定は世界の経済活動をどう変えるか

化石燃料依存文明の終わりの始まり

松下和夫(京都大学名誉教授/地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー)

 日本は、16年11月8日にパリ協定を締結した。30年度26%(13年度比)排出削減目標の達成に向け、地球温暖化対策計画に基づき対策を進めるとともに、長期的目標として50 年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指している。
 このような大幅な排出削減は、従来の取り組みの延長では実現が困難である。したがって、抜本的排出削減を可能とする、脱炭素で持続可能な経済社会の構築に向け、立ち遅れているパリ協定への取り組みを本格化することが必要だ。
 日本国政府の2030年のエネルギーミックス(電源構成)には問題が多い。省エネ、再エネの見込みが小さすぎ、原子力発電20~22%は非現実的である。また、石炭火力を現状より増やし26%とすることは、CO2排出量を考慮すると過大だ。現在、日本では次々と石炭火力発電所の新設計画が出されているが、石炭発電の使用電力量当たりのCO2排出は、天然ガス火力発電所の2倍以上である。さらに今後世界的に排出規制が強化された場合、石炭等の確認埋蔵量のかなりの部分や化石燃料使用を前提としている火力発電所なども、「座礁資産」(回収できる見通しのない資産)となる可能性がある。
 現在、日本政府は、「長期脱炭素発展戦略」を策定中である。長期戦略は、将来の社会経済のあり方を展望した国家の発展戦略となるものだ。気候変動対策をきっかけとした技術、経済社会システム、ライフスタイルのイノベーション創出が、CO2の長期大幅削減と日本社会が直面する少子高齢化、人口減少、地方の衰退などの経済・社会的諸課題を同時解決する鍵となる。
 世界的な脱炭素経済への流れは必然で、脱炭素に向けた巨大なグリーン新市場の拡大が予想される。例えば、国際エネルギー機関(IEA) の試算によれば、2℃シナリオにおいて電力部門を脱炭素化するには、16 年から 50 年までに約9兆 ドルの追加投資が必要とされ、建物、産業、運輸の3部門の省エネを達成するには、16 年から 50 年に約3兆ドルの追加投資が必要とされている。その巨大な「約束された市場」への挑戦は、日本経済の発展を左右する。また、気候変動対策の実施により、エネルギー支出削減や国際競争力の強化、雇用創出に加え、気候変動リスクの回避、資産価値の向上、エネルギーセキュリティ強化など多様なメリットがもたらされる。
 脱炭素経済への移行の核となる政策手段が「カーボンプライシング」(炭素排出への価格付け)である。カーボンプライシングは、全ての経済主体に排出削減のインセンティブを与え、市場の活力を最大限活用し、低炭素の技術、製品、サービス等の市場競争力を強化する効果が期待できる。炭素に価格が付くことで、CO2排出者は排出を減らすか、排出の対価を支払うかを選択し、社会全体でより公平かつ効率的にCO2を削減できる。また、カーボンプライシングによって新たな投資と需要が喚起され、脱炭素型イノベーションが促進される。
 カーボンプライシングの具体的手法には、炭素税と排出量取引がある。日本の現行の温暖化対策税炭素税)は税率が世界的にも非常に低く、温室効果ガス抑制にはあまり効果を上げておらず、本格的な炭素税の導入が必要である。すでにスウェーデンやドイツなどでは、日本の温暖化対策税よりもはるかに高税率の炭素税・環境税をグリーン税制改革の一環として実施した結果、排出削減と経済的便益を同時に達成している。炭素税の税収は、所得税減税ないし社会保険料軽減にあて税収中立とする、あるいは社会保障政策の財源とするなど、他の政策目標との統合を図ることも可能だ。
 現在の日本経済は、低金利で資金は潤沢にあり、需要不足が課題である。気候変動対策の推進とそれに伴うイノベーションの展開に資金と技術を投入することが、日本経済の基盤と国際的競争力の強化につながっていくのだ。

著者情報

京都大学名誉教授/地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー

松下和夫

まつした かずお

1948年生まれ。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)勤務。2001~13年京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)を務める。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組条約や京都議定書の交渉に参画。現在、公益財団法人地球環境戦略研究機関シニアフェロー、国際協力機構環境ガイドライン異議申立審査役。専門は環境政策論、気候変動政策、環境ガバナンス論。著書に『東アジア連携の道をひらく:脱炭素社会・エネルギー・食糧』(17年、花伝社)、『地球環境学への旅』(11年、文化科学高等研究院出版局)、『環境政策学のすすめ』(07年、丸善)、『環境ガバナンス論』(07年、京都大学学術出版会)、『環境ガバナンス』(02年、岩波書店)、『環境政治入門』(00年、平凡社)など。

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