寿命30歳も夢じゃない!?「猫の腎臓病治療薬」の開発に寄せられた飼い主たちの大きな期待
宮崎徹(東京大学大学院医学系研究科教授)
(構成・文/宮村美帆)
AIMの研究をする中で、実験で使用しているマウスや人以外の動物のAIMはどうなっているのだろうかとふと思いつき、犬や猫の血液を調べてみました。犬からは人と同じように検出できたものの、猫からは検出できませんでしたが、この時、私は「猫はAIMを持っていないんだ」と感じた程度で、特に追究することはありませんでした。
それから3年ほど経ったある日、一般市民向けに肥満や生活習慣病、AIMの治療効果などについての講演を行いました。ここでほんの小ネタとして「猫にはAIMがないらしい」というひと言を紹介したことが、私が猫の腎臓病治療薬を開発するきっかけになるのですから、縁とは不思議なものです。
講演後、たまたま講演を聞きに来ていた2人の獣医師から、「猫にAIMはないのですか?」という質問を受け、ペットブームで犬や猫でも肥満や生活習慣病が増えていることなどを立ち話する中で、猫には腎臓病も多いけれど原因がよくわかっていないことを知り、とても興味を持ちました。私はちょうどその頃、人の腎臓病とAIMの関係について本格的な研究を始めたところだったので、運命的な出会いのようにも感じたのです。
AIMを持たない猫に腎臓病が多いということは、何かしらの因果関係があるはずで、AIMを用いることで猫の腎臓病は治せるかもしれない。それは人の治療にも役に立つはずだと直感が働き、この獣医師たちと協力しながら、猫のAIMを徹底的に研究することになったのです。そこから、獣医系大学の先生やほかの臨床獣医師たちの協力も得ながら、猫の腎臓病のメカニズムの解明に努めました。
猫のAIMについて改めて調べてみると、たまたま試薬に反応しなかっただけでAIMを持ってはいること、ただしAIMが生涯を通じて機能していないことがわかり、猫の腎臓病の根本的な原因はAIMの機能不全にあることが判明しました。腎臓は糸球体、ボウマン嚢、尿細管で構成されるネフロンの集合体です。糸球体でろ過された血液(原尿)が尿細管を経て尿となることで、血液中の老廃物や不要物は余分な水分とともに排泄されます。この時、尿細管にごみが溜まるわけですが、人やマウスではAIMが機能することによってごみが取り除かれます。言うなれば、トイレの排水管が詰まったら即座に掃除するようなものです。
けれども、AIMが機能しない猫では、ごみがどんどん溜まって詰まりが解消できないまま、ネフロンが1つずつ壊れて腎機能が低下していきます。腎臓が機能しなくなると腎不全となり、尿毒症を発症して死に至ります。つまり、AIMが働かない猫は生まれた瞬間から腎臓がじわじわと悪くなっていき、平均して10年以上かけて腎不全を発症する運命にあり、腎臓病は猫という動物にとっての一種の“遺伝病”ともいえるのです。

AIMの効果に手応えあり。いざ! 猫の治療薬開発へ
AIMが機能しないことが猫の腎臓病の原因ならば、機能するAIMを新たに投与してごみを取り除けば、猫の腎臓病を治すことができるのではないか。そう考えた私は獣医師との共同研究で、実際に腎臓病を発症している猫と飼い主さんの協力を得て、試験的に培養細胞に作らせ精製したAIMの投与を行いました。ステージ4の末期で余命1週間と言われ、寝たきり状態だった猫「キジちゃん」は、1回目の投与から症状の改善が見られ、5回の投与後は歩き回り自力で食事が取れるまでに回復。私の予想を上回る効果が得られました。その後も月単位で継続的に投与すると状態は安定し、余命1週間と言われてから、気づけば1年以上が経過していました。

寝たきりから回復したキジちゃんの姿(出典『猫が30歳まで生きる日』、時事通信出版局提供)
けれども、研究室内でつくれるAIMの量には限界がありました。他の猫への試験的投与や実験に用いる分などもあって培養が追いつかず、しばらく投与できずにいたらキジちゃんは再び急激に悪化して、残念ながら亡くなってしまいました。また、他の猫もAIMを投与すると状態が改善するものの、投与をやめると悪化することが明らかになっていきました。
AIMを安定的に提供できたら、もっと生きられたかもしれない。この研究を通して、腎臓病で苦しむ猫たちと、元気になってほしいと願う飼い主の姿を目の当たりにした私は、猫の腎臓病の治療薬の開発を決心しました。
けれども、AIM製剤の創薬を本格的に模索してみると、一筋縄ではいかないことがすぐにわかりました。タンパク質製剤であるAIMは、一般的な薬のように化学合成ですばやく量産できるものではありません。培養細胞にAIMをつくらせ、何百リッターという培養液から精製して純度を高めて製剤にするためには莫大なコストと年月がかかります。製薬会社に話を持ちかけても、興味をもって聞いてくれるものの、「一緒にやりましょう」という返事はどこからももらえませんでした。
ならば自分たちでなんとかするしかないと、2016年10月に創薬のベンチャー企業を設立。幸運にもスポンサーになってくれる企業が見つかり、手探り状態でしたが、治験薬をつくるためのレシピもほぼ出来上がり、大量生産できるラインも確保でき、全国の獣医師の協力によって、腎臓病のどのステージでAIMを投与するのが臨床試験(治験)に最も適しているかについてもほぼ確定することができました。2020年3月の段階で、あとは出来上がったレシピで治験薬をつくり、国から承認を受けるための本格的な治験を行う段階までたどり着いていた矢先に、新型コロナウイルス感染症が国内外に広がり、社会全体が経済的な打撃を受けました。その影響はスポンサー企業にも及び、資金提供がやむなく停止となったことで、あと一歩までこぎ着けていた猫の腎臓病治療薬の開発を中断せざるを得なくなってしまいました。
そんな時に、寄付という形で皆さんから熱い支援をいただくことになったのです。この厚意を無駄にすることがないように、一日も早く薬を完成させなければと身が引き締まりました。
世間をも動かした猫の飼い主たちの熱い思い
皆さんからの寄付が大きな原動力となり、猫の腎臓病治療薬の研究・開発は近々再開できる目途が立っています。また、この寄付の輪の広がりがさまざまなところで報じられ、注目されたことによってさらなる追い風が吹き、企業からの多額の支援や、以前は消極的だった製薬会社から協力の申し出もいただきました。
これは、飼い主さんたちの熱い思いが世間を動かしたことにほかなりません。そして、開発中断という足踏み状態から抜け出させてくれ、治療薬の完成を確実に早めました。現状では2年以内の完成を目指しています。寄付していただき、研究費が増えたことで、今まで開発していたAIM製剤の品質などをさらにアップグレードすることができ、よりよい形で猫の腎臓病の治療薬が提供できます。
また、今回の治療薬開発と並行して、健康な猫が腎臓病にかからない、かかりにくくする方法も模索してきました。猫は生まれながらにしてAIMが機能していないわけですが、AIMを活性化できれば、腎臓病の予防効果も期待できます。「果物の王様」といわれるドリアンから抽出した成分がAIMを活性化させることがわかり、それをもとにAIMを活性化させる有効な成分にたどり着くことができました。もともとはヒトサプリ用に研究開発しているこの成分を配合したキャットフードやおやつを、現在ペットフードメーカーと開発中で、来春までの製品化を目指しています。
子猫の頃からAIMを定期的に投与したり、AIMを活性化させることができれば、猫にとって腎臓病は「治らない病気」ではなくなるかもしれません。腎臓病にかからなくなれば、猫の平均寿命は今の2倍、最長で30歳くらいまで生きるようになるかもしれないと推測する獣医師もいます。世界中の猫と飼い主さんの幸せな時間を少しでも長くするために、研究に取り組んでいます。
猫から人の治療薬へ。広がるAIMの可能性
著者情報
東京大学大学院医学系研究科教授
宮崎徹
みやざき とおる
1962年、長崎県生まれ。86年に東京大学医学部卒業後、同大学医学部付属病院第三内科にて研修。92年、熊本大学発生医学研究センターで博士課程修了(医学博士)。同年よりフランスのパスツール大学研究員、95年よりスイスのバーゼル免疫学研究所主任研究員、2000年よりアメリカのテキサス大学准教授を務める。2006年より現職。免疫を研究する中で、1999年に血液中のタンパク質「AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)」を発見。AIMの特性に着目し、腎臓病、アルツハイマー型認知症、自己免疫疾患や脳梗塞等、さまざまな疾患に対する治療法の研究・開発に取り組んでいる。著書に『猫が30歳まで生きる日』(2021年、時事通信社)がある。