寿命30歳も夢じゃない!?「猫の腎臓病治療薬」の開発に寄せられた飼い主たちの大きな期待
宮崎徹(東京大学大学院医学系研究科教授)
(構成・文/宮村美帆)
そして、この研究を人の「治らない病気」の治療につなげていくのも医師としての私の使命です。猫の腎臓病治療薬の実用化まであと一歩ですが、「動物薬」である猫の薬の認可は農林水産省、人の薬は厚生労働省と管轄が異なります。さらに人用の薬の申請となると、動物薬よりも治験のフェーズも多いため、その分、認可されるまでには長い時間を要します。けれども、猫で安全性や有効性が確認されていれば、その実績は人の治験にもプラスに働くことでしょう。なにより、AIM製剤を大量生産する条件や製造工程は猫の薬で確立されています。人用の薬には人のAIMを使うことになりますが、大部分のレシピはそのまま応用できるのですから、その点ではかなりの時短になります。今回、認可までの期間が人よりも短い猫の治療薬を優先させたことは、人の薬の開発にとっても大きなメリットになるのです。
これまでの研究で猫の腎臓病の治療に効果があることは検証済みですが、人の腎臓病治療への効果も期待できると考えています。人の腎臓病の人工透析導入率を低下させることも私の大きな目標の一つです。透析が生活の大半を占めてしまっている患者さんたちのQOL(生活の質)を向上させるためにも、透析に頼らない根本的な治療法を見つけたいと思ったのが研究の道に進んだ一つの大きなきっかけでした。
さらに、最近の私たちの研究で、AIMが脳梗塞の治療にも効果があることが明らかになりました。これまで脳梗塞は発症した直後に血栓を溶かす以外に有効な治療法はありませんでしたが、血栓によって壊死した脳細胞の断片や、そこから生じる炎症の原因物質を効率よく取り除くことで脳内の炎症を抑えることができ、片麻痺(体の右半分または左半分に麻痺が生じること)や意識障害など、神経症状の後遺症が起こりにくくなります。
このように「ごみを掃除する」というAIMの役割は、さまざまな病気に活用できる可能性をまだまだ秘めているのです。
猫の腎臓病治療薬の研究は、もちろん、腎臓病で亡くなっていく多くの猫たちを救いたいという思いがありましたが、当初は人の医療の研究者としては少し寄り道をしているように感じることもありました。けれども、今、猫の飼い主さんからたくさんの期待を寄せていただき、それが私の目標である「治せない病気」「治らない病気」をなくすための研究への大きな力にもなっています。支援していただいた皆さんと猫たちには本当に感謝しかありません。
著者情報
東京大学大学院医学系研究科教授
宮崎徹
みやざき とおる
1962年、長崎県生まれ。86年に東京大学医学部卒業後、同大学医学部付属病院第三内科にて研修。92年、熊本大学発生医学研究センターで博士課程修了(医学博士)。同年よりフランスのパスツール大学研究員、95年よりスイスのバーゼル免疫学研究所主任研究員、2000年よりアメリカのテキサス大学准教授を務める。2006年より現職。免疫を研究する中で、1999年に血液中のタンパク質「AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)」を発見。AIMの特性に着目し、腎臓病、アルツハイマー型認知症、自己免疫疾患や脳梗塞等、さまざまな疾患に対する治療法の研究・開発に取り組んでいる。著書に『猫が30歳まで生きる日』(2021年、時事通信社)がある。