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森喜朗氏の発言から考える、スポーツと組織、政治~後編:スポーツに政治が介入したとき、アスリートにできること

溝口紀子(柔道家、スポーツ社会学者、日本女子体育大学・大学院教授)

(構成・文/木村元彦)

――最高顧問が御手洗冨士夫氏、顧問が似鳥昭雄氏、会長が河村建夫氏、以下、理事長、理事、監事、評議員の17名全員が男性なのですね。今年(21年)2月の衆議院予算委員会で、東京五輪の剰余金の受け皿になることを意図して設立されたのではないかと問われて否定されていました。その質問もさることながら、この男女格差は何なのか?という質問が出てこなかったところにまた問題の深さを感じます。
 実際に自分もいまメディアで仕事をしていますが、仕事のできる編集者やプロデューサーは女性のほうが多い印象です。いろんな分野で見ていると、偉い人の「茶坊主」になるのは、男性の方が多い。
 あとはいわゆる「名誉男性」ではない女性など、きちんと自分の言葉で発言できる人たちの起用が必要ですね。結局、組織委新会長は橋本聖子氏になったわけですが、世論は一切の忖度をせずに圧倒的に正論を発信し続けていた山口香さんを支持していました。彼女が組織委員会のトップになればまだ日本のスポーツ界も変われるのではないかという期待がありました。しかし、それだけ希求されても山口さんが、組織の上に届かないというのは、それを止める勢力があるということなのでしょうか。

正論を言う人物を組織のトップに押し上げる力

溝口 いえ、私は単に山口さんについて行くことによって生じる「うま味」としての求心力がないからだと思います。山口さんが組織に入った場合、言っていることは正論でも、ついて行った時の「うま味」はないと思われているのではないでしょうか。心の中で賛同はしても、表立って応援できないのは、結局、組織内の人たちは「御恩と滅私奉公」の関係性で実利を取るからです。
 とりわけスポーツ組織は立場が脆弱な一方で、スポーツという公共事業から受けている恩恵を手放せません。スポーツジャーナリストも真っ向から本質を捉えようという人は一握りです。ほとんどの記者とメディアは、組織委員会の方々と同じようにみんな、何かしらの「恩恵」を受けている。あんまり都合の悪いことを言いすぎると、放映権をやらないぞ、取材を許可しないぞと脅かされるわけです。

――もう代表戦の取材パスを出さないとかね。森氏が川淵(三郎)氏に会長職を後継させると発言した時も、記者は川淵氏の自宅前に押しかけて肉声を聞くわけですが、「問題を起こして辞任する人がプロセスをすっ飛ばして後任を使命するという、こんな決め方で良いのですか?」と聞く記者が一人もいなかった。しかし当然ながら、世論は組織委の決め方に反発します。

溝口 メディアはそういう弱い立場で言論や報道を発信している、つまりそこには世論とはかけ離れた感覚があるということです。
 山口さんはたとえ会長として内部に入れなくても今の立ち位置で正解だと思います。これだけ世論が山口香を支持しているんだという広まること自体が、強いメッセージになる。そうすれば、山口さんを疎ましいと言って排除することはできなくなります。その中でだんだん空気が変わってくるでしょうし、山口さんに表立って賛同してくる人は、今は少なくても増えるのは時間の問題でしょう。それでほんとうに「力」がついてきたら、山口さんを組織の内部から押し上げていく勢力が出てくると思います。今は、道半ばというか、機を見ている状態です。ただ、道半ばでも、新会長が橋本聖子氏になった。昔ならそれでも男性が選ばれたでしょう。それが女性になったというだけでも、一歩前進かなと私は思っています。

姿が見えないJOC

――以前、溝口さんが言われた言葉で「もうJOC自体が『政治』になってきてしまっている」というのが非常に印象に残っています。

溝口 JOCはIOCの傘下に入っています。そのIOCが政治なので、しかたがないですよね。

――そもそも組織委員会というのは、JOCの事務方のお手伝いをする組織です。IOCが本来直接やりとりすべきなのはJOCですが、見事に今回、JOCの姿が見えませんでした。そのための機関であり、そのための役所であるにもかかわらず。他国ではありえないことだと思います。

溝口 そうなんですよね。私もJOCの存在が見えないのはとても不安です。山下(泰裕)JOC会長はなぜいつも関係者会議に呼ばれないのかという疑問があります。IOC会長、組織委員会会長、東京都知事、五輪担当大臣の四者が並びますが、本来はJOC会長が加わって五者会議になるべきなのです。
 今回の五輪は首都東京開催であるということで、JOCが霞んでしまいました。組織委員会がJOCのようなことをしています。本当は政治的に中立の立場でいなければいけないのに、政治に凌駕されている。どんどんJOCの存在、発言が小さくなっています。

――菅首相も、最初はオリンピックを巡る人事には介入しないとは言っていましたが、そうではなかった。

溝口 今まで以上に政府の介入が強くなっていると感じます。それは、もちろん自国開催ということもあるんですが、コロナによって政権への支持が揺らいでいるからではないでしょうか。オリンピックを成功させれば、支持率が逆転して、その後の総選挙に勝てるんじゃないか。その起爆剤に五輪を利用したいという思惑が見え隠れします。そういったプロパガンダ(政治色)がより強くなって、圧力がある中だからこそ、JOCやオリンピアン、私たちが声を上げていかなくてはいけません。
 本来の五輪のあり方としては、政治とは、第三の勢力でいるべきなんです。果たして、東西冷戦という政治状況によってボイコットを余儀なくされた1980年のモスクワ五輪から学んでいるのでしょうか。当時、現役の全盛期で苦しんでいたのが山下会長ですから、いちばんわかっていらっしゃるはずなんです。こういう時ほど政府が介入してはいけないという声をもっとJOCの内側から出すべきです。
 もう一つ、二階(俊博)氏(自民党幹事長)が今回のゴタゴタでボランティアを辞めるという人たちに対して、「そんなことで」辞めると言っても、と発言しました(編集部注・後に自民党により「そのようなことで」と訂正された)。言葉というのは、思っていることが、正直に出てしまうんです。「そんなことで」。
 いまスポーツ界の最前線にいるのは、スポーツを「する」「見る」「支える」人たちなんです。だから、ボランティアとして支えてくれる人たちのことも、五輪に出場する選手と変わらず大切なんだという認識を持たなければいけません。五輪にとってボランティアの人たちは、いわば、社会生活を支える上で不可欠なエッセンシャルワーカーですよ。その人たちに対する心配りや眼差しは、今、報道も含めてまったく見られません。

――いわば政治の失態で、ただでさえ、世論の8割が中止を望んでいる五輪に対するイメージがさらに悪くなってしまいました。それがアスリートにまで波及することがないように、われわれメディアも止めなくてはいけません。そのためにも自浄作用を働かさないといけないですね。

溝口 これほど五輪開催に対して否定的な意見が充満している状況の中では、選手たちは進むも地獄、退くも地獄です。メディアの人たちは、その選手たちにきちんと焦点を当てて、頑張りを伝えていって欲しいですね。やはり選手たちがいちばん悩み苦しんでいると思います。現在のスポーツ選手は、スポーツ従事者であり、スポーツは経済活動、生計そのものでもあるからです。

――溝口さんがスポーツのことにとどまらず、政治や社会のことまで常に鳥瞰、俯瞰して発言ができるというのは、どこから来ているのでしょう。

溝口 私は、アカデミアに身を置いていて、社会学が専門です。社会の見えない空気を分析するのが仕事で、それをスポーツの視点から研究しています。だからこそ私はおかしいことはおかしいと言わなくてはいけないと思うのです。スポーツ関係者、組織委、あるいは柔道連盟の人たちから見れば、溝口は余計なことを言っていると思うかもしれません。しかし、スポーツ競技団体の内側の人間でもこうやって問題が見えているんだよ、と訴えかけることが、オリンピックの価値を上げ、スポーツの価値を上げると思うんです。

著者情報

柔道家、スポーツ社会学者、日本女子体育大学・大学院教授

溝口紀子

みぞぐち・のりこ

1971年、静岡県生まれ。92年、バルセロナ五輪女子柔道52キロ級で銀メダルを獲得。96年にはアトランタ五輪にも出場した。2002~04年、日本人女性で初めて、フランスの女子柔道ナショナルチームのコーチを務める。13年、全日本柔道連盟評議員に就任。15年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了し博士(学術)取得。静岡文化芸術大学准教授、教授を経て、18年より日本体育大学教授。主な著書に『性と柔 女子柔道史から問う』(2013年、河出ブックス)、『日本の柔道 フランスのJUDO』(2015年、高文研)がある。

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