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【年表解説】ワールドカップの歴史(第1回ウルグアイ大会~第8回イングランド大会)

イミダス編

    6月12日に開幕したサッカーワールドカップ。世界的な祭典となったこの大会のこれまでの歴史を第1回大会から遡り解説。
 出場参加国・地域の変遷、得点王や大会記録の情報、各大会に起こった出来事をピックアップしながら振り返る。
   今回は第9回メキシコ大会から、第15回のアメリカ大会まで。
(ワールドカップの名称は、正式には第3回大会までは「ワールドカップ」または「世界選手権」、第4回から第9回までは「ジュール・リメ杯世界選手権」、第10回から現在の「FIFAワールドカップ」。日付はすべて現地時間)

第1回:1930年ウルグアイ大会(開催期間1930年7月13日~7月30日)

出場国・地域:13(大陸予選はなし)

欧州:フランス、ベルギー、ユーゴスラビア、ルーマニア

南米:アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、パラグアイ、ブラジル、ペルー、ボリビア

北中米:アメリカ、メキシコ

優勝国:ウルグアイ

得点王:ギジェルモ・スタービレ(アルゼンチン)8得点

決勝:1930年7月30日(モンテビデオ)ウルグアイ4-2アルゼンチン

 

グループリーグ表(各グループ1位が決勝トーナメント進出)

 

決勝トーナメント

*第1回の開催地にウルグアイが選ばれた理由は、1924年のパリ・オリンピック、1928年のアムステルダム・オリンピックでの連覇による。また、ウルグアイ政府が選手と役員の旅費・滞在費・運営費を全面負担するとしたこと、それに加え、新スタジアム建設などを保証したためとされる。

*決勝はウルグアイ対アルゼンチン。ウルグアイの勝利で終わったが、敗戦に怒ったアルゼンチンのサポーターが首都ブエノスアイレスで暴動を起こす(この当時、テレビやラジオはなく、ブエノスアイレスのアルゼンチンサポーターは特派員の電報によって試合経過を知った)。さらに暴徒化したサポーターがウルグアイの領事館を襲撃。これにより、両国は一時国交断絶となった。

*ウルグアイが次にワールドカップに出場するのはこの第1回から20年後の1950年第4回ブラジル大会。この大会でも優勝したウルグアイは次の第5回のスイス大会でハンガリーに準決勝で敗れるまで24年間無敗だった。

第1回は開催国のウルグアイが優勝(写真:PressAssociation/アフロ)

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