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一語千金

織り込み済み

[discount/factor in]
「やっぱりね」は大丈夫

玉手義朗(エコノミスト)

「不仲説が流れていた○○夫妻が、遂に離婚!」
 この記事を見た時、すぐに浮かんだのが広告代理店に勤めている友人の顔だった。彼はこの芸能人の夫婦を使ったCMを制作していた。離婚となれば、大変なダメージとなる。さぞや困っているだろうと電話をしてみると、「離婚は織り込み済み、大丈夫だよ」と、意外にも落ち着いた様子だった。不仲説が浮上した段階で、スポンサーとの調整を開始、「Xデー」に備えた準備を終えていたという。
 株式市場や外国為替市場でも、「織り込み済み」という言葉がしばしば登場する。相場を大きく動かす経済指標やニュースが発表されても、それが事前に予想されていると、ほとんど相場に影響を与えないことがあるのだ。こうした現象を、市場関係者は「織り込み済み」という言葉で説明するのである。
 景気を示す最も重要なデータである、経済成長率を例に挙げよう。
 3カ月ごとに発表される経済成長率。高い伸びなら株価も円相場も上昇、反対にマイナス成長となれば下落する。経済成長率については、調査機関が「2%程度のマイナス成長」といった予測を事前に発表している。このため、市場関係者は、「2%のマイナス成長なら売りだ!」と、発表前の段階で株式や円を売って先回りし、その影響を「織り込み済み」としてしまう。
 その結果、経済成長率が事前の予測通り「マイナス2%の大幅悪化!」と伝えられても、その時点での相場にはほとんど影響を与えないことになる。本来なら株価や円相場を大きく下落させるニュースが、市場に影響を与えない場合があるのは、こうした理由からなのだ。
 しかし、「織り込み済み」が思わぬ混乱を引き起こす場合もある。「織り込み済み」はあくまで予測を織り込んだもの、予測が外れることも十分にあり得るのだ。
 市場が織り込んでいた「経済成長率マイナス2%」が、実際には「マイナス1%」と発表されたとする。「マイナス1%」という数字自体は、もちろん景気の悪化を示すもので、通常なら株価も円相場も下落するはずだ。ところが、市場では「マイナス2%」を織り込んでいたことから、「それ程悪くないじゃないか…」と、楽観的な見方が広がり、相場が上昇することがある。織り込まれていた予想が間違ったことで、本来は「売り」のデータが、「買い」を誘うという意外な結果になってしまうのだ。
 こうした複雑な動きは、経済成長率などの経済指標や企業の決算、「政策金利は何%下げられるのか?」といった中央銀行の金融政策、「与党は選挙に勝てるのか?」といった選挙結果などでもしばしば見られる現象なのである。
「大変なことになったよ…」。某有名人夫婦の離婚から数カ月後、広告代理店の友人が電話口で愚痴る。彼がCMに起用していたタレントが不祥事を起こしたのだ。「今度は織り込めなかったの?」と意地悪く問いかけると、「当たり前じゃないか!」とますます不機嫌になった。
「やっぱりね…」。発表された経済指標やニュースなどが「織り込み済み」であれば、市場は動かない。しかし、誤った内容が織り込まれていれば、大きな混乱が起こる。「織り込み済み」という言葉の裏には、市場関係者の複雑な神経戦が展開されているのである。

著者情報

エコノミスト

玉手義朗

たまて よしろう

1958年生まれ。筑波大学卒。東京銀行、マニュファクチュラース・ハノーバー銀行などで、外国為替取引に携わる。その後、テレビ局で経済部デスクなどを経て、現在はフリー。著書に『円相場の内幕』(1995年、集英社)、『経済入門』(共著、2004年、ダイヤモンド社)がある。

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