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連載

変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて16  変わる社会、路上、NGO

工藤律子(ジャーナリスト)

 ダビは、少女の頃から路上で生きてきた母親サンドラ(30)にも、そんなプロセスに参加してもらいたいと考えた。サンドラが、ストレス性の病気で腸に穴が開き、手術を受けてからは、特にその必要性を感じていたからだ。
 13歳頃からずっと、交差点で信号待ちをする車のフロントガラスを磨いて生活してきたサンドラは、地方の貧困家庭に生まれ、幼い頃に施設へ預けられて育った。12歳の時、施設の友人とそこを飛び出し、メキシコシティへ来る。自由と豊かさを求めた冒険だった。
「それからずっと路上暮らし。でも、仲間との間に子どもが生まれて、子どもにだけは、こんな生活を続けて欲しくないと思ったの」
 そう話すサンドラには、異なる2人の男性との間に子どもが3人いる。一番上の子は、父親の実家に引き取られ、あとの2人、長男のアンヘル(7)と次女のビッキー(6)だけが、母親と暮らしていた。彼らの父親は子育てに協力しないため、サンドラは自分と現在の恋人の稼ぎで安ホテルに部屋を借りて、子どもたちが路上で寝起きすることだけは避けてきた。しかしそれも、一定額の稼ぎがあってこそ続けられる話。最近は、何日分も部屋代を滞納していた。もっと長い時間働いて収入を増やしたいが、手術の後から体調が悪い日が続き、そうもいかない。
「ダビ、このままじゃ、私、どうやって子どもたちを守っていけばいいか、わからないわ。この子たちを何とか助けてほしい……」
 サンドラは、交差点での仕事の合間にバス停のベンチに腰掛け、ダビにそう懇願した。ダビも、彼女の事情をわかっているので、
「キミが望むなら、母子一緒に入れる施設を探すから、まずは子どもたちをデイセンターに通わせよう。それから――」
と、考えを伝える。その言葉にじっと耳を傾けるサンドラは、涙を流していた。

バス停のベンチで、ダビ(右)に今後のことを相談するサンドラ 撮影:篠田有史

 翌日から、アンへルとビッキーは、朝、ダビに部屋まで迎えにきてもらい、デイセンターに通い始めた。サンドラの体調が戻るまでは、このルーティーンが続くことになるだろう。

ストリートエデュケーターの憤りと悲しみ

 アンヘルとビッキーは、母親と過ごす路上以外の世界に触れたことがなく、言語の発達も知識の習得も、大幅に遅れていた。それでもデイセンターで出会う遊びや文化活動に強い関心を示し、「ここにいる時が一番、幸せ」と、笑みを湛えた。
 路上の多くの親たちと同じく、サンドラは、自分自身の身分証明書を持たないうえ、子どもたちの出生届も出していなかったため、ダビはまずこの母子3人が「この国に存在することを示す」ための登録をしなければならなかった。路上活動の合間に役所を訪ね、書類の作成に奔走し、学校にも確認をとりに行った。
 そんな時、緊急事態が発生する。
「今朝、サンドラが、交差点に働きにいく途中で倒れた」
 私の携帯に、ダビからそうメッセージが送られてきた。そこには、路上に倒れ込んでいるサンドラの脇で救急隊員が応急処置をしている様子と、その横で点滴液パックを持って立っているダビの姿を捉えた写真が添付されていた。
 翌日、私と篠田は、ダビに同行し、アンヘルとビッキーがデイセンターにいる間に、サンドラが入院した病院へ向かった。ダビの配慮で、子どもたちは、デイセンターの活動終了後には、近くの施設で預かってもらえることになっていた。
 病院に着くと、ダビと顔見知りらしい病院付きの社会福祉士が、サンドラの容態について担当医に問い合わせてくれた。
「今は安定しているようです。まだいつ退院できる状態になるかは、わかりませんが」
 社会福祉士の言葉に胸を撫で下ろした私たちは、すぐにデイセンターへ戻り、子どもたちにその報告をした。
 次の日には、病室のサンドラが、子どもたちのためにスマートフォンで撮影した動画メッセージを送ってきた。痩せっぽちな母親は、やつれた顔をしながらも、子どもたちに愛情の込もった眼差しで、こう語りかけた。
「できるだけ早くあなたたちのところへ帰るから、心配しないで待っててね。エデュケーターの言うことをきちんと聞いて、いい子にしているのよ。愛しているわ。じゃあ」
 そのメッセージに安心していた私たちのもとへ、数日後、ダビから最悪の知らせが届く。
「サンドラが死んでしまった」
 それは入院してから1週間後のことだった。
 アンヘルとビッキーは、その後、ダビの尽力で、定住施設で暮らしながら小学校へ通えるようになり、翌年には、サンドラの故郷にいる叔母に引き取れられていった。だが、その数カ月後には、結局、その叔母のもとを離れてしまったらしいと、わかる。
「今どうしているのか、詳しいことを直接、確かめに行きたいけれど、そのための費用と時間がない……」
 ダビは、この時、実はすでに路上チームから一時定住施設の担当に異動となっていた。予期せぬ、しかも望まない異動と、遠い太平洋岸の町まで事情を確かめにいく術のないことが、彼を悩ませた。
「路上の子どもや若者たちは、1人ひとり、異なる事情を抱え、苦しんでいる。それなのに、政府機関とNGOと社会が、彼らに寄り添おうと十分な連携をしてこなかったせいで、いまだに問題が解決されない……」
 ダビの言葉には、20年以上、この路上活動を続けてきた者の深い憤りと悲しみが滲んでいた。

ダビと手を繋いで、デイセンターへ向かうアンヘル(右)とビッキー(左)。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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